第26章 これも全て巡り合わせ
喫茶エラリーを後にした沖矢昴と羽田秀吉は、歩いてかおり達の自宅マンションへ向かう。
澄ました顔にジャケット姿の男と、怪訝そうな顔をしたジャージ姿の男。不釣り合いな容姿の二人が並んで歩く。
「沖矢さん・・・僕を人のいない所へ連れて行って、何か言いたい事があるんですよね」
「ええ、そんな所ですが・・・部屋に入るまでは待ってくださいね。もうすぐそこですから」
マンションに着き、彼らはエレベーターに乗り込む。やっと閉ざされた空間に二人きりとなり、なんとなく重たい空気が流れる中、唐突に秀吉が口を開いた。
「兄さん・・・兄さんなんだろ?」
「・・・黙れ。部屋に着くまで待てと言った筈だ」
一拍置いて、喉の辺りを触りながら沖矢が先程までとは明らかに違う声、違う口調、冷たい態度で秀吉を圧する。
再び箱の中には沈黙が訪れた。
でも秀吉はひとつもそれを不思議には思わない。
その声も、口調も・・・何年も会えていなかったがちゃんと覚えていた、兄の物そのものだったからだ。
エレベーターが五階に着き、扉が開くと他の住人がちょうど降りる所だったようで、入れ違いとなる。
「こんにちは」とすれ違いざまに、にこやかに住人と挨拶を交わす沖矢は、先程エレベーターの中で冷たく秀吉を諌めた人物とはやはり別人のよう・・・
そしてやっとだ。部屋に入ると、靴を脱ぐ間も与えず秀吉は沖矢に詰め寄った。
「秀一兄さんなんだろ?どういうことなんだよ、説明してくれよ・・・顔は?整形したのか?声だって・・・」
「落ち着け秀吉・・・一旦座って話そう」
沖矢は秀吉の肩に手を置き、冷静を促す。その声は、変声機を通していない彼本来の声。
秀吉はリビングに通されて、ソファに座らされ。沖矢はダイニングテーブルの椅子を近くへ持ってくると、それに腰掛け足を組む。
「兄さん・・・」
「・・・赤井秀一は死んだと、聞かされていたか?」
「死んだと思えと母さんには言われた。でも父さんと一緒だ、遺体が見つかってない。だから信じてなかったけど」
「そうか・・・たしかに、赤井秀一は死んだ事になっているが・・・」
沖矢は変装を剥がしていき・・・素顔を秀吉に晒す。
スパイ映画の変装マスクさながら・・・人の顔が目の前で全く別人に成り変わる光景に、秀吉は口を開いたまま固まってしまう。