第21章 ひとりぼっちの夜
「ちょっと、誰かに見られたら」
「やっと見てくれた」
「・・・安室さん」
わざと冷たく“安室さん”と呼んでみた。
少し落ち着いてほしくて。
でも彼は腕を解いてはくれない。
それどころか、しっかり腕の中に収められてしまった。
なるべく小さな声で続ける。
「わたしとこういう風にしてるの見られたら、よくないんでしょ?」
「なんとでも誤魔化せる」
「でも・・・」
「いいんだ」
よくない。色んな意味で良くない。
今すぐ離れるべきなのに、彼の腕の中で何も出来ずに、しばらくただそのままでいた。
「おい・・・人んちの前で何イチャついてんだ・・・それよりお前ら、そういう関係だったのか?」
「あ、」
毛利さんが建物から出てきたのだった。
パッと零の腕から解放され、二人して毛利さんの方へ身体を向ける。
「いえ、かおりさん元気が無さそうだったので、慰めようとしてつい・・・毛利先生だってそういう事あるでしょう?」
「む?・・・あるなー!あるある!美人なら尚更な!」
「でもすみませんでした、場所には気を付けます」
「いや、結構!私も慰めてあげたい所だが・・・ちょーっと用事ができたもんでな」
毛利さんはおそらく、両手で麻雀の牌を並べているジェスチャーをしている。
「検討を祈ります」
「任せとけ!ナーッハッハッハ!安室くん、彼女は頼んだぞ!」
毛利さんはわたし達に背を向けて意気揚々と歩いていき、喫茶ポアロの前には再び沈黙が訪れる。
でも彼の顔付きは安室透に戻ったように伺えて、少しホッとする。
「毛利先生にも頼まれたことですし送ります・・・」
「わたし別に元気だよ」
「分かってます。さっきは急にあんなことしてすみませんでした」
「もういいよ・・・本当に誤魔化せたみたいだし」
「ええ・・・でも嘘をついたらかおりさんと初めて会った日のことを思い出しましたよ。あの時のかおりさんは・・・本当に落ち込んでるように見えましたね」
「あー・・・あのとき・・・」
無意識に斜め上を見上げて、去年の秋のことを思い出す。
エラリーでママから安室透を紹介されて。
宗介さんの事で泣いてしまったわたしを、彼は抱き締めてなだめてくれたんだった。