第18章 秘密が多い私達
零が近付いてきて、あごを軽く持ち上げられ唇が重なった。
唇が触れ合うだけのキスに、妙にたっぷり時間をかけて、身体が離れる。
「では、行きましょうか」
「はい。安室さん」
彼の態度が安室透に変わったのを確認して、わたしもそれに応じた。
事務所を閉めて二人で一階に降りる。
エラリーのドアを開けると、一番奥のテーブルに見知った男性が一人座っているのが確認できた。
咄嗟に零の顔を横目で確認したが、彼は素知らぬ顔で「戻りましたー」とカウンターの中へ入っていく。
ママの顔を見ると、その奥のテーブルの男性の方へ視線を動かしたので、わたしの客というのは、やはり見覚えのあるその男性なんだろう。
コーヒーを頼んで、その彼の前に座り、声のトーンを抑えて話し掛ける。
「お待たせしました、お久しぶりです」
「すみません、急に呼び出してしまって」
「いえ、誰かさんは怒ってるかもしれないですけどねー・・・さっきまでいい雰囲気だったから」
「そ、そ、それは申し訳ございませんでした」
わたしに来ていた客というのは、零の部下、風見さんだった。
零に緊急で確認したいことがあり、エラリーでこっそり接触できればと来てみたが、零は不在のようで。
“安室透を呼んでくれ”とは言えないので、しばらくエラリーに滞在する口実としてわたしを呼べば、零が戻ってくるのを待っていられると考えたそうだ。
「で、わたしは何をすればいいですか?」
「いえ、もう結構です。何かあるのは降谷さんも察してくださっていると思いますし」
「二人の合図みたいなの、あるんですか?」
「それはお教えできかねます」
「ふーん・・・」
そこへ、零がわたしのコーヒーを運んできた。
風見さんの方には一切見向きもせずに「店を出たらそこのコンビニにいろ」と小さく早口で言い放って、カウンターの中に戻っていく。
「じゃあ後は、お喋りしてコーヒー飲んで帰るだけですね」
「はい。恐縮ですがお願いします」
「ここのママ、結構鋭いから言動は気を付けた方がいいですよ」
「長年接客をされている方はそのような方も多いようですね」
「わたしと零の関係も見抜いたんだから・・・このことを知ってるのは、風見さんと、ママだけですからね!エラリーのトップシークレットです」
「・・・降谷さんの周りは秘密だらけですね」