第8章 緋色のエピローグ
“降谷零と話をするので少し遅くなります”とは打てなくて・・・
”仕事の依頼が入ったので少し遅くなります”と、秀一さんになぜか嘘のメッセージを送ってしまった。悪いことをする訳ではないけど・・・言いづらい。
エラリーの閉店作業を行い、二階の事務所に場所を移すことになる。
丸一日以上人が入っていない事務所は寒くて。急いで暖房を付けるがすぐに暖かくはならない。
熱々のコーヒーでも飲もうとお湯を沸かそうとするがこちらもすぐには沸かない。
「すみません、寒いですよね・・・」
「僕は大丈夫だから。気にしないで」
ポットの前で湯が沸くのを待っていると、後ろから彼に抱きしめられた。
「・・・安室さん?」
「かおりさんが寒そうだから。それに、これから二人の時は安室と呼ぶのはやめてもらいたいな」
「降谷さん?」
「零でいい」
「零?」
「そう」
更にギュッと強く抱きしめられて、急に流れ出した甘い空気に、思考が追いつかない。
どうして、拒絶できない。
肩に顎を乗せられ、鼻先が首筋をくすぐってくる。サラサラと当たる髪の毛。
抵抗しなくてはいけないのに。
首筋に柔らかい唇が触れた。
・・・これ以上されたら、わたしはきっと流されてしまう。
「あの・・・話、聞かせてください」
声をなんとか絞り出して精一杯の拒絶をした。
「・・・そうだね」
クスッと笑った彼は、こめかみの辺りにキスを落として来客用のソファに座った。
お湯も沸き、コーヒーをいれて。
彼の向かいに座り、コーヒーをひとくち。熱い液体が身体の中心へ下りて、じんわり熱が広がっていく。
程無くして、彼が話し出す。
「僕の親友も、潜入捜査官として組織に潜入していたんだ。組織で与えられた名前はスコッチ。同じ時期に僕も赤井も潜入していて、僕はバーボン、奴はライだった」
「みんなウイスキーなんですね」
「そう。歳も近いからか三人でよく組まされたよ」
その親友の名は、諸伏景光、ヒロ、と呼んでいたそうだ。
幼なじみであり、警察学校も同期、卒業して警察官になったら、たまたま潜入捜査先まで同じになり・・・ずっと共に過ごしてきた大事な友達だったそう。
ヒロという男との昔話を語る彼の顔は、切なそうでありながらも、にこやかで。
しかし話が進むとその顔は一変する。