第2章 運命の花びら
「ごめん。名乗りもしないで。俺は雨宮。雨宮蓮だ。きみは?」
「芽衣子です。星崎芽衣子」
「そうか。芽衣子、君に会えてよかった」
「きみ、洸星高校?」
「えっと、2年です」
「そっか、それじゃ俺と一緒だ」
キスの後に自己紹介・・・まるきり順序が逆になった関係に私は苦笑する。
「これから登校?」
「う、うん」
「そっか、俺も。お互い遅刻にならないといいけど」
ふと壁に掛けられた時計を見ると、そろそろ電車に乗らないと本当に遅刻してしまいそうだった。
目の前の蓮も、同じく名残惜しい表情を浮かべている。
「あ、そうだ。これ・・・」
蓮がポケットの中から名刺サイズの紙を差し出す。
そこには滅多に立ち入らない四軒茶屋の簡易的な地図と、喫茶店らしき店の名前が印刷されていた。
「今日の夜、閉店時間が過ぎたらここへ来られるか?」
ショップカードから視線を上げると、蓮の瞳がほんの少し挑発的な色を帯びていた。
無言で頷く私を満足そうに見ると、蓮は踵を返す。
「それじゃあ、今夜そこで。待ってるから」
そう言い残すと人混みの中に紛れてあっという間に見えなくなってしまった。
ぼうっと立ち尽くしていると、次の電車がホームへ到着するというアナウンスが響き、私は我に返る。
階段を駆け下りて既にぎゅうぎゅうの電車の中に身体を押し込める。
手の中のショップカードには【ルブラン】そう書かれていた。
約束通り、今夜このお店に行ってみよう。
満員電車に揺られながら私はあの花びらのような優しい口付けを思い返していた。
もし、今夜本当に会えたのなら、今度は私の方から、その唇を奪ってやろう。
運命としか言いようのないこの出会いが、後に私の運命自体を大きく変えて行くなんて事も知らずに、ショップカードを丁寧に制服のポケットにしまい込み、私は再び蓮の事を想い目を閉じた。
―終―