第2章 ヨコハマデート日和《太宰》
ヨコハマの大通りを往く行人たちに紛れて、砂色の外套がはっきりと見えた。
『太宰さん!』
「おや、奇遇だね」
ひらひらと手を振られて、私もつられて振り返してしまった。
太宰さんは上司で年上なのに、親しみやすい。
『親しみやすい』には、別の感情も混じっているのでは、と聞かれたら、私はきっとすぐに首を横には振れないだろう。
楽しげに笑みを浮かべたり、時には酷く寂しげな瞳を見せる時もある。
彼の一つ一つの表情にいちいち心拍数を増やしては、これが迂愚な感情だとは分かっていても、また惹かれてしまう。
だから今も、後ろ姿だけでもすぐに分かってしまったわけで。
「何処かへ行く予定だったのかい?」
『いえ、暇だったのでブラブラしてたんですけど…』
本当のことだ。
休日に一緒に遊びに行こうと気軽に誘える相手は居ないし、此処ヨコハマには一人でも楽しめる店で溢れている。
「それなら」
太宰さんが実に優しく笑う。
こんな近距離でそんな表情されたら、目のやり場に困るんですけど。
「映画でもどうだい?実は一人で行く予定だったんだけど、矢っ張り人が居た方が楽しいからね」
嗚呼、神様。
これは何かのご褒美でしょうか。
そしてこのご褒美に尻尾を振らない犬が、居たでしょうか。
『わ、私で良ければご一緒します!というかしたいです!』
ほぼがっつくように返事をすると、またさっきと同じ笑みが見えた。
「決まりだね」
じゃあ行こうか、くるりと背を向けて歩き出そうとする太宰さんに、慌ててついていく。
そんな事もお見通しだったのか、何なのか。
歩幅を緩めてくれた太宰さんと肩を並べて、ゆっくりと歩き出す。
幸せすぎて、どうしよう。