第1章 first summer
どうしよう。
どうしよう…!!
考えがまとまる前に足が掛け出していた##は、息を切らして廊下のかげにへたり込んだ。
『何から逃げてるんだい?まったく…あそこでちょーっと誤魔化せばそれで済むのに、逃げたら余計こじれるだろう?』
「そ、そんなのわかってるけど!!だって…っ!!」
「ボクに言い訳したってしょうがなくない?」
はぁ、と冷たくため息をついたリドル。
その様子をみて##の瞳からはまだ1つ涙が落ちた。
「…自分で考えなよ。お邪魔なボクはしばらく消えるからさ」
「えっ」
そういうやいなやスゥッと薄くなったリドルはキラキラした粉のようになって指輪の中へ消えた。
しんとした廊下にはもう##の他に誰もいない。
「……っうぅぅ~~…っく…」
どうしようもなくそのまま廊下の隅で膝を抱えて丸くなった##の頭の中には、過去の出来事が半数される。
自分を囲む複数の影。
下品な笑い声と罵倒にただ耳をふさいでいたあのころ。
(こっちくんなオバケ!!)
(マジ怖ぇええぇぇ~!!心読まれるぞー!!)
(うわっ!オレ触られちゃった!!)
(マジかよお前もこっちくんな!!)
別に今と変わらない僕の姿がそこにはある。
【触った相手の心が読める能力】を持った僕なのに、実際は相手のことなんか何一つ分からない。
というか、相手の本当の心なんて“わかってはいけない”のだということを理解するのにしばらく時間がかかった。
幼いころはその力を制御する術さえ持たず、その必要性も感じず、ただただ無遠慮に人の心を覗いていた。
誰だって綺麗でいたい。
でも、綺麗なものだけ抱えていても生きていける人なんていない。
だから、誰しもちょっとずつ黒くて嫌なものをしまってる。
誰にも見られないようにしまっていたそれを、誰かにあけられていい人なんていない。
それを理解した後は自分がとても悪いことをしていたようで、ただただこれ以上被害を与えないようにすることしかできなかった。
「(……僕、嫌だなぁ)」
なんでこんな能力があるんだろう。
これ以上視ないように、視なくていいように。
人目を避けるカーテンのように伸ばした前髪が涙でぬれた頬にちくちくしてうっとうしかった。