第1章 駄目ガネの努力
「可愛い花!」
花を差し出すと、さんは嬉しそうに笑ってくれた。
「瑠璃唐草って言うんだ。星の瞳って別名もあるんだよ」
「そうなのね。名前まで可愛いのね」
ニコニコする彼女に、僕は胸をなでおろす。
駄メガネだって、やる時はやるんだ。
オオイヌノフグリって名前じゃあんまりだから、必死に検索して正解だった。
グー○ル先生ありがとう。
「あら、袖に、雪?」
言われて気づいた。花を積んだ時に着いたらしい、着物の袖口に少し雪が貼り付き、濡れている。
さんが手をのばし、それに触れた。
「冷たい。雪なんて、何年ぶりかな。小さい頃は雪うさぎくらい作ったのに」
「そうなんだ」
「うん。昔はこんなじゃなかったの。夏には別荘でキャンプしたりしたのよ」
ほら、と細い指が指す方を見ると、今と見間違うくらい日に焼けて笑う小さなさんの写真。ひまわりの飾りが付いた麦わら帽子が似合っている。その麦わら帽子は、写真の横に飾られていた。
「その帽子かぶって海へ行く予定だったんだけど、病気になっちゃって、結局行けないまま。だから私、本物の海を見たことないの」
そう言うさんが、やっぱりあんまり寂しそうで、僕は飾られた帽子を手に取り、笑ってほしくて、似合わないはずの自分の頭に乗せる。
「行きましょう。本物の海。僕は初めて海を見た時、小さくて覚えてないけど、姉上が言うには大きさにすごくびっくりして、泣き出したらしいんです」
だって、本当に大きいんだよ。
それこそ小さな子どもみたいに両手を広げてみる。
やっぱり、気の利いた一言くらい言ってあげたいけど、これが僕レベルだと精一杯だな。
それでもさんは笑ってくれて、僕は少し、神様に感謝した。
解説
「君がため春の野に出(い)でて若菜摘む我が衣手(ころもで)に雪は降りつつ」
『あなたのために春の野に出て若菜を摘む私の袖に、雪がしきりに降りかかることだ/光孝天皇/百人一首』
「梅の花振りおほふ雪を包み持ち君に見せむと取れば消につつ」
『ゆっくりと振り梅の花を優しく覆う雪を見せたくて手に取ったけど消えてしまった/作者不詳/万葉集』
「海を知らぬ少女の前に麦わら帽の我は両手を広げていたり/寺山修司」