第1章 駄目ガネの努力
そもそもは、万事屋に来た依頼だった。
「娘の話相手をしてほしい」
そう言ってきたのは、一目で裕福だと分かる、血色の良い呉服屋の主人だ。
「へぇ〜ぇ、娘さんのね。何?あんたの娘さん、お友達いないの?」
いつもながら失礼な言い方をする銀さんを咎めつつ、依頼人の主人に謝罪する。
金の余裕は心の余裕と言ったのは誰だったか、主人は苦笑するだけだった。
「長い事、伏せってましてね。同じ年頃の友達がいなくて、家の使用人じゃ、お互い気を使うらしくて」
そりゃあそうでしょうよ。
「じゃーウチの神楽なんて良いんじゃない。娘さん、15歳でしたっけ。年近い女の子なら話も合うだろうし。なぁ、新八」
「そうですね。神楽ちゃん今出かけてるので、帰って来たら伝えて…」
頷いた僕を、主人は不意に手で指した。
「あの、それなんですが、お相手は、そちらの方にお願いしたいんです」
「え?ぼ、僕ですか?」
突然のそしてまさかの指名に、銀さんと顔を見合わせる。
「えぇ。実は以前、同じ年の娘さんにお願いした事があるのですが、どうも、かえって落ち込んでしまって。自分と比べてしまうようなんです」
主人はそこで言葉を区切り、僕が入れた薄いお茶を一口飲んだ。
「見たところ、あなたなら大丈夫そうだと思いまして」
主人はニコリと微笑んだ。
多少の引っかかりはあったものの、銀さんが前金として割とまとまった額を受け取ってしまった為、明日から僕は話相手のバイトに行く事が決定した。
前金は早速、家賃とすき焼きに姿を変えているし。
「新八にちゃんと出来るアルカ?乙女心なんてわからないダロ」
「しかたないでしょ、依頼人の指名なんだから。神楽ちゃん、ちゃんと野菜も食べなきゃダメだよ」
お椀に入れたネギを無視して、神楽ちゃんはお肉を頬張った。
その頬には大きな絆創膏。
今日も沖田さんとケンカして来たみたいで、さっき僕が貼ってあげたものだ。
確かに、依頼人の言いたい事もわかる気がする。真選組の一番隊隊長と対等にやり合う女の子が、病弱でほとんど寝たきりのお嬢様と話が合うのは難しい気がする。
それなら、眼鏡より存在感が無いと揶揄される僕くらいが適任なのかもしれない。
僕は消えていくお肉と、神楽ちゃんのお椀に残ったままのネギを見て、ため息を吐いた。