第18章 姫巫女と禁じられた森
――SIDE・ハリー
ユニコーンの傍らに膝をついたシオンが、指で何かの形を作り、聞いたことのない言葉で何度も呪文を繰り返していた。
「《薬師世尊に帰命し奉る。瑠璃光の王、真実に至りて示す者、敬意を払われし者、宇宙の遍く全ての現象を知る者よ。四百四病をも癒す妙なる医薬、霊薬、偉大なる秘薬を此処に顕現し給え》――」
不意に、ガサガサと音を立てた茂みに、ハリーはビクリと身体を震わせる。
まさか、先ほどの黒く恐ろしい影が戻って来たのだろうか。
シオンは魔法に集中しているようで気づいていない。
自分がどうにかしなければ。
ハリーはローブの下から杖を取り出そうとして、緊張を緩めた。
現れたのはケンタウルスだ。ハグリッドの知り合いだったロナンやベインよりもずっと若い。明るい金色の髪とプラチナの毛並みを持つ胴体のケンタウルスだ。
「すまない、遅れてしまったね。ケガはないかい?」
「あ……うん。あの黒い影を知っているの?」
「あぁ。近頃、ユニコーンを襲って血を吸っている、強い闇の力を持つ者だ。気配を感じて来たが、一歩遅かったようだ――……そのユニコーンは……?」
ケンタウルスが瀕死のユニコーンに気づき、痛ましげに目を細める。驚くほど真っ青な、宝石のような深い青の瞳だ。
「可哀想に……苦しいのだろう。せめて、その苦しみから解放して……」
「ま、待って!」
前足を上げようとするケンタウルスを、ハリーは慌てて止めた。
「今、シオンが助けようとしてるんだ! 邪魔をしないで!」
「助ける……? もはや死を待つだけだと言うのに、この段階で命を繋ぎ止めることなど……」
そこまで言って、ケンタウルスは宝石のような青の瞳を見開く。
ユニコーンが瞼を震わせ、身じろぎをしたのだ。
やがて、ユニコーンはしなやかな身体を起こし、震えながらも立ち上がった。毛並みにも微かに艶が戻り、銀色の飛沫が痛々しかった傷口は塞がっている。
「まさか、こんなことが……」
驚愕するケンタウルスの前で、ユニコーンはシオンに顔をすり寄せ、頬を舐めた。
「良かった……でも、あまり動きまわっちゃダメだよ。しばらくはゆっくり休んでて」
優しく微笑むシオンに、ハリーも感動で目が離せなかった。
* * *