第8章 【家康・後編】※R18
日も暮れて、夕餉の時間。家康と四天王の面々は、広間で食事を共にしていた。
「なんかこう…ひさびさに静かですなあ…」
酒井がつぶやく。
「そりゃ久しぶりに、あの五月蝿い女も、女夜叉もいないからな」
大盛飯を掻っ込みながら、直政が応える。
「睦姫様はよくお聞き分けになりましたね」
「先ほど、ウキウキとしたご様子でどこかへ行かれましたよ」
「はて…?」
そんな中、本多は夕餉も手につかない様子でそわそわしている。
そんな本多を見た榊原が、仕方ないというように溜息をついた。
「忠勝、藤生殿は今日は夕餉はご辞退なされるそうだ。明日の出立の準備のために」
「マジかよ!あいつ勝ち逃げする気か!」
眉を吊り上げて怒る直政、やられっぱなしのまま竜昌を国に帰すつもりはなかったのだろう。
「ええええええ」
一方で、女々しくうろたえる本多に、家康は唐辛子で真っ赤に染まった飯を口に運びながら、短く言った。
「…忠勝、例の件。伝えといたから」
「なんと早速…殿!ありがたき幸せにございます!」
先ほどと打って変わってニコニコと満面の笑みになった本多。
「まだ決まったわけじゃないから。…考えとくってさ」
「明日の出立までに、お返事をいただけるだろうか…」
恋する乙女のように、ふわりと髭面を紅潮させた本多に、もう誰も何も言えず、黙々と夕餉は続いた。
─── ◇ ─── ◇ ───
竜昌は、厨の者にたのんで握り飯をひとつ作ってもらい、それを部屋で食べながら、安土へ帰る用意をしていた。
しかし元々荷物が少なかったせいもあり、荷造りはあっというまに終わってしまい、手持無沙汰になった竜昌は、客間のまんなかに寝ころんだ。
『睦姫様、あの後どうされたかな…』
家康も、口ではああ言っても、睦姫のことを大切に思っているのだろう。まったくもって素直じゃない。
『でも、素直じゃないのは私も同じか…』
自分も睦姫のように、素直な感情を表に出せれば…家康様のお側にいたいとお伝えできれば、もしかしたら万が一にでも…