第8章 【家康・後編】※R18
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その頃、駿府城の奥座敷────
「あら、お方様…?」
黄昏時の薄暗がりの中、灯りもつけず部屋に入り、そうっと障子を閉じようとしたところで、女中に見つかり、びくりと肩を震わせる人がいた。
「お戻りあそばれたのなら、おっしゃっていただければ…」
「シーッ!」
その人は女中を部屋に招き入れ、障子を閉じると、人差し指を口に当て、悪戯っぽく微笑んだ。
「五月蝿い人に見つからないように、こっそりとね」
「まぁ…」
「あら、どなたかいらしたのかしら」
文机の上に、見慣れない風呂敷包みと書状が置かれているのが目に入る。
「そちらは先ほど、藤生様という方が、お届けに参りました。ご挨拶に伺うつもりが、なんでも明朝、国にお帰りになるとかで…」
『藤生…』
書状には、秋津国城代家老・水崎一之進の名があった。水崎家は、自分の実家・水沢家と縁続きの一族だ。そして一通りの挨拶と、義妹の竜昌を、家康の共として遣わす旨、さらに最後には和歌が一首、書かれてた。
【恋しきを たはぶれられしそのかみの いはけなかりし 折の心は】
『西行ね』
風呂敷包みを開けると、なかには桐の箱に入った、美しい正絹の反物が入っていた。肌理の細かい絹織物は、秋津国の特産品として有名だった。
箱を閉じ、ひとつ溜息をつくと、その人は静かに女中に命じた。
「…睦姫を呼んできてちょうだい」
「え?ですがお方様…」
「いいのよ。呼んできて」
「は、はいただいま」
女中はぱたぱたと奥座敷を後にした。
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