第8章 【家康・後編】※R18
─── ◇ ─── ◇ ───
駿府城に帰り着いた竜昌。雨は上がったものの、着物はまだびしょ濡れだった。
あてがわれた客室に戻ろうとする途中、直政に行き会った。
「お、竜昌。探してたんだ。殿がお呼びだ」
「殿が?私を?」
「うん、てかお前びしょ濡れじゃねえか。雨に降られたのか」
「あはは、ちょっと遠乗りに」
「大丈夫か?ちゃんと拭いとけよ、風邪ひくぞ?」
口は悪いが意外と優しい直政に、竜昌は少しだけ笑顔になった。
「着替えたらすぐ参上いたしますとお伝えください」
「おう」
濡れた髪からぽたぽたとたれる雫。頬や首筋に張り付いた髪。切なそうに笑う黒緑色の瞳。濡れそぼった着物は身体の線を露わにし、思いの他“か細い”首から肩への線に、直政は思わずごくりと生唾を飲み込んだ。
『これがジジイの言ってた色気か…』
直政は煩悩を振り払うようにぶるぶると頭を振ると、去っていく竜昌にむかって叫んだ。
「また明日手合わせしようぜ!今度こそ負けないからな!」
竜昌は振り返り、手を振ってそれに答えた。そんな日はもう来ないと知っているのに────
竜昌は、客間で濡れた着物を着換えると、城主の間へ向かった。
「家康様、竜昌です。お呼びでしょうか」
「入って」
竜昌がひざまずいて呼びかけると、障子の向こうから家康が短く答えた。
「失礼いたします」
竜昌が障子を開けると、城主の間には家康がぽつんと座っていた。
何故かいつも以上に機嫌が悪そうな家康の顔を直視することができず、竜昌はじっと畳を見つめたまま、家康の前に正座をした。
『あれは…政宗さんにもらった着物だな』
家康は、竜昌の洒落た柄の着物が、以前 安土で政宗から譲り受けたものだと気づいていた。ただしそれが、より一層その不愛想な顔に拍車をかけていることについては、気付いていないらしい。