第8章 【家康・後編】※R18
全員が、呆れたような眼差しを本多に向ける。しかし当の本多は大真面目だ。
「藤生殿をそれがしの嫁にいただけるよう、殿にお願いをしておったところだ」
「へ???」
さすがの榊原も、目を真ん丸にしたまま固まってしまった。
「あの…女夜叉を!?正気かジジイ!?」
驚きのあまり、つい普段の口の悪さが出てしまう直政。いつもなら榊原あたりが「これ口を慎め直政」と諫めるところだが、今日に限っては全員その余裕もない。
「夜叉とは失敬な。あのお方の色気がお前にはわからぬか?」
「はあ?」
昨日の手合わせで、竜昌にコテンパンにやられた直政の目には、竜昌は鬼か夜叉にしか見えなかった。
「そうだぞ直政。戦ごっこばかりに精を出していないで、女を見る目も鍛錬しないとな?」
「さすがは酒井様、わかっておられる」
思わぬところから本多へ助け船がでた。さきほどから皆を眺めてニヤニヤと笑っている酒井だった。
「ていうかジジイ、齢考えろよ。アイツなんて娘みたいなもんじゃねえか」
「それが何か…?」
ふふんと鼻で笑って一蹴する本多。まだ自分は現役であるという自信がその顔からみなぎっている。
「しかしなんでまた嫁になど。そこもとにはもうすでに三人も側室がおられるではないか」
榊原がしごくまっとうな意見を言ったが、本多はまったく意に介さない。
「いやあ、それがしはあの藤生殿の武芸の腕に惚れ申した。もしそれがしとの間に子ができれば、この日ノ本一の猛者が誕生するに相違ない!」
『その発想はなかった…』
家康は、本多に呆れかえるのを通り越して、もはや感心すらしてしまいそうだった。
「しかし、藤生の家はどうなさいます?あちらとてお世継ぎを生まねばならぬ身でしょうに」
「男子が二人生まれれば、一人に藤生の名を継いでもらえばよろしかろう!」
ガハハと豪快に笑いながら、男子が二人できることがまるで決定事項のように語る本多に、もう反論する者はいなかった。
「というわけで殿、なにとぞ!お願い申し上げまする!」
再び平伏する本多に、家康は最後の気力を振り絞って答えた。
「何で俺が…そんなの自分で言いなよ」
すると本多はその髭面を真っ赤に染め、背中を小さく丸めながら言った。
「だって…儂、恥ずかしいし…」
『乙女か…!』
『乙女か…!』
『乙女か…!』
『乙女か…!』
その場の全員の心中の同時ツッコミが聞こえるようだった。