第8章 【家康・後編】※R18
時は少しさかのぼって、駿府城の城主の間。
「あの越後の龍と、甲斐の虎が…」
明智光秀の忍びからもたらされたという密書の内容を聞き、酒井は戦慄した。
「あいつらは、虎視眈々と信長様の命を狙っている。もし戦になれば、この駿河も戦場となりうる…そして秋津も」
城外の勤めに出ていた榊原をのぞく四天王の顔を見渡しながら、家康が厳しい声で言った。
「急いで戦の準備をする。秋津にも兵を割かねばならない」
「はっ」
「腕が鳴りますなあ、殿」
本多は戦が起きて、さも楽しいというように、両腕をぐるぐると廻してみせた。
酒井は一歩、家康ににじりより、小声でこう伝えた。
「して殿、睦姫様はいかがいたしましょう」
「京に帰す。あいつは戦のいの字も知らない。ここにいても邪魔だ」
「素直にお帰りいただけますかどうか…」
「力づくでも帰せ。知らずに済むのなら、戦なんて…知らないほうがいい」
忌々しそうな家康の顔を見れば、近習でなくても睦姫に対する家康の拒絶が見てとれた。
しかし睦姫は、京の貴族の血を引く、家康の従妹。その麗しい風貌から、徳川の家中から可愛がられており、家康がおいそれと無下にするわけにもいかない。しかも睦姫は幼いころから家康を見初め、いずれその正室になるつもりでいたため、家康の苛々にさらに拍車をかけていた。
その時、本多が急に口を開いた。
「では、藤生殿はどういたしますか?もしも藤生殿が、わが軍に助力いただければ、百人、いや千人力ですぞ」
家康もその可能性を考えてはいた。しかし竜昌は信長の家臣、手駒のように使っていい相手ではない。
「いや…、あの娘にも、帰ってもらう」
「なんと!」