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【イケメン戦国】夢と知りせば覚めざらましを

第8章 【家康・後編】※R18


それまで安土近くのおだやかな難波江しか見たことのない竜昌にとっては、初めて見る猛々しい外海の姿だった。
竜昌は波打ち際に立ち尽くし、しばし呆然と海を眺めていた。だんだんと強さを増してきた風に煽られ、竜昌の黒髪が宙に舞った。
駿河になど来なければよかった ──── いや、来ようが来るまいが家康に睦姫という存在がいる事実は何も変わらない。帰りたい ──── でもどこへ?安土へ?秋津へ?


家康に ──── 会いたい。


しかし戦の準備で忙しい家康にとって、自分はすでに邪魔な存在であろうことは理解できた。
できることなら、一緒に戦場を駆け、その志を、その命を守るために戦いたかった。そのためなら自分の命ですら惜しくはないのに…
不意に、黒い雲から、大粒の雨が竜昌の額に落ちてきた。
竜昌は急いで引き返すと、馬に乗り、駿府城への道を戻っていった。
馬に揺られながら、再び懐の中の薬瓶を握りしめる。もう家康の温もりをそこから感じ取ることはできなかった。


しばらくいくと、眼もあけていられないほどの土砂降りとなった。
竜昌は仕方なく、通り道にあった寺の軒先で雨宿りをさせてもらうことにした。
やや古い造りながらも、伽藍もしっかりしたなかなかの立派な寺だったが、人影はなかった。
馬をつなぎ、本堂の脇にある薬師如来のちいさな御堂の軒先に、竜昌は腰かけた。髪や水を吸った着物から、ぽたぽたと雫が落ちた。
ふと見ると、如来堂の中にある人の背丈ほどの薬師如来像のまわりに、小さな木の板がたくさん並べられていた。並べきれずにあふれた板も、軒先に積んである。
手にとってみると、それは粗末な杉の板でできた、位牌のようだった。
その表には薬師如来を表す梵字、裏には、名前と年齢が書かれていた。
「吾郎 三さい」
「つる 一さい」
「二郎平 五歳」
いずれも年端のいかない子供のものばかりだった。
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