第8章 【家康・後編】※R18
「殿…お待ちもうしあげておりました…」
大きな瞳に涙をいっぱいに溜めながら、姫は女中に片手を引かれ、しずしずと家康に向かって歩みよる。
家康は顔色一つ変えず、腕を組んだまま姫を見下ろしている。
「睦(むつ)か…なんでお前がここにいる?」
「まあひどい、殿のことを思わぬ日は、一日とてありませんでしたのに…」
睦と呼ばれた姫は、袖でそっと涙を抑える動作をした。
家康の苛立ちを察知したのか、四天王の一人が話を遮るように、家康に声をかけた。
「そうだ殿、此度は かの藤生竜昌殿をお連れと聞いておりますが、藤生殿はどちらに…」
「…その娘」
家康が、後方で馬に乗っていた竜昌を指さした。
そこらじゅうの視線がすべて竜昌に集中する。竜昌はどうしていいかわからず、ずり落ちるように馬から降りた。
「なんと…」
「まるでおなごのように華奢な…」
群衆がざわつく。
「御免!」
四天王のうちでもひときわ図体のデカい髭面の男が、竜昌の周りに駆け寄ってきた。
「貴殿が…藤生竜昌殿…?」
信じられないといった視線で、頭のてっぺんからつま先までじろじろと見つめられ、竜昌は恥ずかしさで真っ赤になった。
「うん、本物」
家康の言葉にも、いまだ疑いの晴れる様子はない。
「…お初にお目にかかります、藤生丹波守竜昌でございます」
「!!!」
ようやく自己紹介した竜昌の声を聞いて、四天王と周囲の人々は、飛び上がらんばかりに驚いた。
「おなごではないか!!」
「なんと!」
「ほほお~」
しげしげと竜昌を眺めていた四天王だったが、髭面の大男が急に居住まいを正した。
「ハッこれは大変ご無礼をいたしました。拙者、本多忠勝と申します!以後お見知りおきを」
「本多様…もしやあの、蜻蛉切の!?」
「ご存じでしたか、これは嬉しい」
ニカッと笑ったその男は、四天王の中でも随一の武勇を誇る本多忠勝その人だった。刃に止まった蜻蛉ですら真っ二つに斬れるというほどの鋭い槍を持つことで有名だった。
「私は酒井忠次と申します。藤生殿、大変ご無礼をいたしました。ようこそ駿府へお越しくださいました」
竜昌の予想どおり、さきほどの初老の男は、やはり酒井忠次だった。信頼できそうな、落ち着いた物腰は、懐刀の呼び名にふさわしい。
すると次のこの眉目秀麗な武将が…