第6章 【家康・中編】※R15
家康の堅い胸越しに、ドンと壁に当たる衝撃が伝わってきた。
慌てて身体をひねって家康を振り返る。
「家康様!お怪我は?」
「平気…」
家康の胸に抱きしめられたまま、竜昌は至近距離でその顔を見上げた。
家康の翡翠色の瞳が、まるで清らかな水で満たされた淵のように、月の光を湛えている。
押し付けられるように家康に寄り掛かった竜昌の脳裏に、安土城での競射の時に見た、家康の逞しい胸板の映像が蘇り、心臓がドクンと脈打った。
着物の上からではわからない、艶めかしい曲線を描く竜昌の身体がその手に触れ、家康の腕が熱くなる。いつか嗅いだ、花のようなあの甘い匂いが、ふわりと竜昌の身体から立ち上り、家康の鼻腔をくすぐる。
見つめあったままの二人の周りを、再び沈黙が支配した。
「ごめん…」
今回、沈黙を破ったのは家康だった。その思いつめたような視線から、ほんの数日前に男に襲われたばかりの竜昌のことを気遣っているであろうことが理解できた。
「いえ…」
慌てて否定しようとする竜昌の声を遮るように、家康がくぐもった声で言った。
「…そろそろ戻ろう。明日も早い」
家康は竜昌の肩を掴み、そっとその身体を自分から遠ざけた。そして、手から消えていく竜昌の温もりを確かめるように、拳を握った。
「はい…」
竜昌が小さく頷く。
風に流されてきた黒雲が月を覆い隠し、辺りを闇が包み込んだ。
<第二部 家康・中編 完>