第6章 【家康・中編】※R15
するとその先には、天守閣の屋根の上にしつらえられた、小さな小さな物見台があった。
家康がおそるおそるそこに上がると、物見台からは秋津国が一望できた。
明るい月光に青く照らし出された山や田畑。眼下を流れる河の水面は、月光を反射してまるで金剛石の帯ように輝いている。
降るような星が輝く天空を、ちぎれ雲が次々と流されていき、ときおり竜昌と家康に影を落とした。
「わあ…」
さすがの家康も、その美しい光景に目を奪われた。
「家康様」
「ん?」
「秋津国は…お気に召されましたか?」
「うん、とても」
「よかった…」
その返事を聞いたとたん、竜昌の顔は、さらに大輪の花が咲いたような笑顔に包まれた。
「ここ、城主しか知らない秘密の場所なんです」
風に乱れる黒髪を押さえながら、竜昌が悪戯っぽく笑った。
「ずっと昔、私のひいおじい様の、そのまたおじい様が、村を守るために、ここに物見櫓と堀をつくったのが、秋津城の始まりでした…」
竜昌は、その夢見るような黒目がちな瞳で、美しい秋津国の風景をうっとりと眺めながら、話を続ける。
「今ではこんな大層なお城になってしまいましたけど、それでも城主は、いつもいつも、国を、民草を見守っていなければならないって。ひいおじい様がこの物見台をわざわざ作ったそうです」
「そうなんだ…」
「家康様と私だけの秘密です…」
月光の中で、はにかみながら笑う竜昌の姿は、まるで美しい女神に姿を変えた、この秋津の国そのもののように光り輝いて見えた。
「駿河もきっと、とても美しい国なのでしょうね。不二の山が間近で見れるなんて、楽しみだな…」
遠く駿河国があるはずの方向を見つめながら、竜昌がひとりごちた。
「そうだ、このあたりからでも高いところに登れば遠くに不二が見えるんですよ?」
そう言うが早いか竜昌は、腰ほどの高さがある物見台の手すりに、ぴょんと飛び乗った。
「確かここからでも冬なら…」
「ちょっ…」
慌てる家康。眼下は、秋津城が建つ切り立った崖だ。
竜昌は慣れた様子で背伸びなどをしているが、強い風に着物を煽られ、ふわりと重心がぶれた。
「危ない!」
思わず家康が、竜昌の腰に飛びつき、その身体を物見台に引きずり降ろすと、背中からきつく抱きしめた。