第1章 【女城主編】※共通ルート
「ふぅ…」
気が抜けたような溜息をつくと、家康は脈をとっていた細い手首をそっと布団の上に戻した。
「どうだ、家康」
政宗が真剣な眼差しで、家康の顔を覗き込む。
しかし家康は実につまらなそうな表情で、ちらりと目線だけを政宗に向けて答えた。
「…寝てますね」
「へっ!?」
政宗の深藍色の隻眼が皿のように丸くなる。
「大した怪我もないし、脈も正常。おおかた寝不足でしょう」
「しかし…三日も目を覚まさないんだぞ?」
「そりゃあ疲れていたんでしょう。女の身で一国の城主を務めていた上に、五千の織田軍相手に戦っていたわけでしょう?」
「それもそうか…」
政宗はもう一度、布団に横たわる藤生竜昌に視線を落とした。
やや浅黒いが滑らかな肌、長い睫毛。鼻筋の通った面持ちは、凛とした美しさを湛えている。
うっすらと開いた唇からは、すうすうと寝息が漏れている。やや呼吸が浅いのは胸にきつく巻かれたままのさらしのせいだろう。
秋津城の戦いで自害しかけたのを、間一髪 光秀の銃弾で命拾いした竜昌は、城門の上から落ちて気を失っているところを捕らえられ、そのまま安土まで連れてこられた。
今は政宗が身柄を預かり、屋敷の一室に寝かせているが、なかなか目を覚まさないのを心配して、政宗が家康を呼びつけたところだった。
「あと、相当な手練れでしょうから、身の回りには女中ではなく男衆をつけておいたほうがいいでしょうね」
診察のさなか、家康は竜昌の体にある幾多の切り傷や剣胼胝、伸びやかな手足についた一分の無駄もない筋肉を見落とさなかった。
城内では『あれはまことに藤生竜昌なのか?』という疑問の声もあったが、家康は確信していた。
「ああ。それは俺が一番よくわかっている」
秋津城下で、何度か竜昌と刀を交えた政宗は、その戦いぶりを思い出していた。
実際、秋津城の戦いで 織田軍側の『怪我人』は思いのほか少なかった。なぜなら───竜昌に斬られた者は、ほぼ一撃で絶命していたからである。
とくに軽装の足軽たちは、竜昌を前にして まるで木偶のようにいとも簡単に斬り倒されていった。返り血を浴びて真っ赤に染まった竜昌の甲冑を見て、恐れをなして逃げ出す者も多かった。