第6章 【家康・中編】※R15
「なあ、竜昌」
竜昌の隣に座っていた筆頭家老の一之進が、小声で呼びかけてきた。
「徳川様は、ご機嫌斜めなのか?なにか当家に粗相でもあっただろうか」
「いえ、あの方はあれが普通なのです」
「そ、そうか。だといいが…」
以前の竜昌なら、終始仏頂面の家康を見て、機嫌が悪いのかと心配することもあっただろうが、今回の視察に同行したことで、必ずしもそうでないことがわかってきていた。
無表情なのは、常に平静で公平な主であろうとする、家康の信念の現れなのだ。
それがわかっただけでも、家康の心に少し近づいたようで、竜昌は嬉しかった。
しかし昨夜 家康が、帯刀の手から救ってくれた事を、自らの甘さによって無下にしてしまった後悔が、どうしても竜昌の胸をきつく締め付けた。
『どうしたら家康様みたいに強くなれるんだろう…』
竜昌は、遠くの席から無表情な家康の顔を見つめていた。
昼も過ぎ、やっとのことでお披露目が終わると、ほとんど休むことなく、重臣たちによる会議が開かれた。
家康の家来衆、秋津の家臣団、それと一時的に秋津に駐留していた伊達家の兵たちも加わり、今後の秋津国のありかたや課題、家康を長とした新しい組織の話などが熱く語られた。
家康は家臣の話をよく聞き、また必要に応じて的確な指示を出した。
竜昌も、元城主としての意見を求められ、会議に参加していたが、戦で疲弊した秋津の国が、家康の元に再び一致団結していく様を見て、また家康への尊敬の念を新たにした。
これならば、亡き竜昌の父母も、文句なしに家康を新しい城主として認めてくれるだろう。
竜昌は、祈るかわりに、両親の墓の前に供えられていた竜胆の花を思い出していた。
─── ◇ ─── ◇ ───
その夜、城では新城主就任を祝う宴が催された。
山でとれた猪肉をはじめ、きのこや山菜。河でとれたばかりの鮭や鱒。清らかな水に育まれた米と、それで作られた美酒。
家康も唐辛子をかけるのを忘れるほどの豊富な料理に、招かれた者全員が夢中になった。