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【イケメン戦国】夢と知りせば覚めざらましを

第6章 【家康・中編】※R15


菊は顔を伏せ、小声でひそひそと家康に何か耳打ちした。

─── ◇ ─── ◇ ───

結局 家康は、すぐ帰ると菊に約束すると、馬に乗って城下町のはずれにある寺までやってきた。
菊によると、藤生家の墓所は寺の奥にある、杉林の中にあるらしい。
家康は門前で馬を下り、まだ朝露の湿り気の残る境内を抜け、杉林の奥へと向かった。
杉の葉から発せられる爽やかな空気が、霧とともに林いっぱいに立ち込めている。地面はやわらかな杉の枯葉が敷き詰められたように落ちていて、ときおり鳥のさえずりが聞こえる他は、何の音もしなかった。
しばらく行くと、木々の間に、苔むした石積みの墓が並ぶ小さな墓地があるのが見えてきた。
家康はそこで足を止め、近くの杉の巨木に身を隠して、様子をうかがった。
『いた…』
比較的新しく見える墓石の前に、竜昌は顔を伏せてしゃがみこんでいた。おそらく竜昌の両親の墓だろう。
その背中は、いつになく小さく頼りなく見えた。戦では織田の軍勢と対等に渡り合い、弓を射れば男顔負けの腕前をもつ女武将の面影は、そこにはなかった。
よくよく考えてみれば、元城主とはいえ、竜昌はたった十九歳の娘である。政(まつりごと)や戦、民草のこと、城のこと、家のこと…今までこの小さな背中にどれだけの重圧がかかっていたのかと思うと、家康の胸は痛んだ。
『強いんだね、あんたは』
昨夜、突き放すように言った一言。あれを竜昌はどんな気持ちで聞いただろうか。
家康は顔が熱くなるのを感じた。今すぐ飛び出していって、竜昌に詫びたいと思ったが、出がけの菊の言葉を思い出し、踏みとどまった。

『徳川様、あの子はたった十五でここの城主になったとき、誓ったんです。決して人前では泣かないと。両親の墓の前以外では…。だからお願いします。もし…万が一、竜昌が墓の前で泣いていたとしても、見て見ぬふりをしてやっては頂けないでしょうか』

家康が拳を握りしめて立ち尽くしていると、竜昌はふらりと立ち上がり、木陰の家康に気付くことなく、墓所を立ち去った。
ちらりと見えたその顔は、思った通り、真っ赤に泣きはらしていた。
『クソッ…』



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