第6章 【家康・中編】※R15
姿を現したのは、愛らしい三人の幼女たちだった。つやつやとした黒髪の禿に、黒目勝ちな大きな瞳。花柄の短い着物からのぞく桃色の膝小僧も初々しい。
「もー。母様は朝餉の支度があるから、部屋で待ってなさいっていったでしょ?」
「だってーあずさが泣くんだもーん」
一番幼い赤子を抱いた上の子が、ぷうと頬を膨らませた。すでに泣き止んだらしい赤子の頬には、涙の跡がうっすら残っている。
「失礼いたしました家康様。こちらは私の娘たちです。上から、菜の花、桔梗、梓と申します…ほらお前たち、新しいお殿様よ、ご挨拶なさい」
「おはつにおめにかかります。なのはともうします。ここのつです」
「ききょうです。よっつです」
「ダァー!」
上の子がうやうやしく礼をすると、下の子も見よう見まねで頭を下げる。その様子がたまらなく愛おしく、思わず家康の頬も緩んだ。
『菊殿は、こんな幼い子を置いて、高城の人質にされていたのか…』
家康は、菊たち親子を眩しそうに眺めた。乱世の習いとはいえ、このような幼子たちと引き離されるのは身を切られるような思いであっただろう。
「…みんな、花の名前なんですね」
「そうなんです。藤生の家は代々おなごに花の名前をつけるのがしきたりで…私は白菊。竜昌は竜胆(りんどう)と申しました。そこから一文字とって、竜昌と」
『りんどう…』
菊が竜昌のことをいつも「りん」と呼ぶ謎がやっと解けた。
その時、二番目の子が不思議そうに家康を見上げながら言った。
「あたらしいとのさま?たちゅまさよりつおいの?」
「そうよー。竜昌姉様よりうんとお強いのよ?」
「すごーい!」
子供たちの眼がキラキラと輝いた。
『そうかな…俺からしたら、あんたたち姉妹のほうがよっぽど強いけどね』
「そういえば菊殿、竜昌は…?」
「ああ、あの子なら朝早く起きてきて、両親の墓参りにいくと申しておりました。朝餉までには帰ると」
「墓参り…」
「あちらの方に見える、青っぽいお屋根、ご覧になれますか?あれが我が家の菩提寺でざいます」
菊が指さした方角、城下町のむこうに、朝日をうけて輝く大きな青い瓦屋根が見えた。
「あの子に何か御用でしょうか?まもなく戻ると思いますが」
「いや…俺も先代様にご挨拶にいこうかな…」
菊が驚いたように目を見開いた。
「それは父も喜びます!ですが家康様…」
「ん?」