第6章 【家康・中編】※R15
「まことに申し訳ございません。久しぶりに故郷に戻ってきた嬉しさについ気が緩みました。私の不徳の致すところです。どうかご容赦を」
「…」
家康は一言も発しない。
竜昌が見上げると、家康の瞳は先ほどまでの優しげな光をすでに失い、いつもの無機質な氷のように暗く輝いていた。
「幼馴染だから?かばうんだ。あんな奴のこと…」
刺すように冷たい家康の声が、竜昌の胸をえぐる。
家康は、竜昌が掴んでいた袖を振り払った。
「あっ」
「強いんだね、あんたは」
「家康…様…」
縋りつく竜昌を振り返ることもなく、家康は隣の間へとつづく障子の向こうに消えた。
「っ…」
竜昌は、叫び出しそうになった声を、唇をきつく噛みしめて封じた。
つい先ほどまでこの身に触れていた家康のぬくもりが、身体から逃げていく。せめて一秒でも長く留めようと、竜昌は両腕で自分の身体を抱きしめた。
─── ◇ ─── ◇ ───
翌朝、家康は 控えの間の柱に背をもたれかけさせたままの体勢で、目を覚ました。
いつの間にか、その身体には羽織がかけられていた。
「…」
城主の許しを得たものしか、天守のこの階層には上がってこれない。この羽織をかけたのは竜昌に違いなかった。
家康は羽織をつかんで立ち上がると、城主の間に続く障子を静かにあけた。
案の定、そこに竜昌の姿はなかった。きれいに整えられた寝床だけが、部屋の真ん中に寂しく残されている。
濡れ縁に続く障子を開けると、すでに朝餉の支度が始まっているのか、どこからか香ばしい匂いが漂ってきた。
喉の渇きを覚えた家康は、水を飲もうと階下に降り、台所に向かった。すると途中の廊下で、菊とばったり出会った。
「あら、徳川様、おはようございます」
「…おはよう」
「よくお休みになられましたか?」
「うん…」
「もう少ししたら朝餉をお持ちしますので、少々お待ちくださいませね」
ニッコリと笑う菊の笑顔は、やはりどことなく竜昌に似ている。そういえば、最後に竜昌の笑顔をみたのが、もうずいぶん昔のように感じられた。
「あの、竜昌は…」
「ああ、あの子なら…」
菊が応えようとしたその時、廊下の向こうから小さな小さな足音がパタパタと駆けてきた。
「母上様!」
「かあしゃま!」
「あーんまー!」