第6章 【家康・中編】※R15
竜昌が立てないとわかると、家康はその手を強く握って一気に上に引き上げると、反対の手で竜昌の膝をすくうように抱え、その身体を一気に肩に担ぎ上げた。
「!?」
そのまま、家康は客間を出て、天守の狭い階段を上りはじめる。
「…家康様!?」
「じっとしてて。落ちたくなければ」
竜昌は身を固くした。下腹部にあたる、家康の逞しい肩の感覚。すぐ目の前には、家康の引き締まった背中と尻がある。
家康は竜昌を担いだまま、城主の間に入った。そしてそこに敷かれたままの寝床に、ゆっくりと竜昌の身体を下ろした。
「今日はここで寝な。こっちのほうが安心するでしょ」
見渡すと、城主の間は、竜昌がいたころと何一つ変わっていなかった、ただ、衣紋掛に梔子(くちなし)色の家康の衣がかけられていることを除けば…。
「俺はこっちの控えの間で、寝るから」
「そんな…」
「こっちのほうが、侵入者にすぐ気づける」
確かに、控えの間のほうが、下階への唯一の通路である階段に近い。家康は竜昌の護衛を買って出るつもりのようだ。
「な、なりません。ここの城主は家康様です…」
竜昌は精いっぱいの抗議をするが、家康はふと目を逸らせた。
「それに…ここじゃ俺が眠れない…」
「え?」
「いや、何でもない」
女らしい調度品など一つもない、質素なつくりの城主の間だったが、長年竜昌が使っていたせいか、微かな花の匂いのような、甘い匂いが染みついていた。それは、昨日の温泉宿で竜昌の身体からふと漂ってきたあの匂いだった。
家康は寝床にはついたものの、その甘い匂いに胸が騒ぎ、全く眠れる気配がしなかった。
そこで、月が美しい中庭でも散歩して気を紛らわそうとしたときに、竜昌のいる客間からドタンバタンともみ合う音が聞こえてきたのである。
「じゃ、おやすみ」
「あっ」
家康が早々に立ち去ろうとするのを、竜昌が袖をひいて引き留めた。
「あの…助けていただいて、かたじけのうございます。ですが…ですが帯刀のことは…どうかお許しくださいませ…」
「は?」
家康は眉をひそめた。自分を手籠めにしようとした男を赦せと?
「私がいけなかったのでございます。夜半に男子を部屋に招き入れるということがどういうことか、思い至りませんでした」
「…」