第6章 【家康・中編】※R15
家康が顎で竜昌のほうを指す。竜昌は両腕で刀を握りしめたまま座り込み、真っ青な顔でガタガタと震えていた。
「竜昌…」
帯刀が手を差し伸べようとすると、竜昌は弾かれたように後ろへ飛び退った。
「さ、触るな…」
震える声で拒絶され、帯刀は出そうとした手を引かざるを得なかった。
「その子が城主だった時は手も出せなかったくせに、城主を降りたとたんに力ずくか…最低だな」
「うるさい、お前に何がわかる」
噛みつかんばかりに吠える帯刀の声も震えている。
「ああ、わからないね。わかりたくもない」
家康は煮えたぎる怒りを隠そうともせず、腰の刀に手をかけた。暗闇にカチリと鍔が鳴る。
「…斬られたくなかったら、とっとと去(い)ね」
「クッ」
不利と悟ったか、帯刀は悔しそうに舌打ちすると、どかどかと足音を鳴らしながら部屋を去っていった。
帯刀の後姿が見えなくなるまで見送ると、家康はようやく竜昌を振りかえった。
竜昌は部屋の隅の暗がりでうずくまり、怯えた瞳で家康を見上げていた。
その姿を見た家康は、一瞬、胸がズキリと痛んだ。
『まるであの時の俺だ…』
家康の脳裏に忌まわしい記憶が蘇る。今川家の人質となっていた少年の頃。
今よりも身体も細く、色白で、大きな眼に長い睫毛をもった家康は、日頃から「女のようだ」と蔑まれていた。
そんなある日、年上の今川家の家臣たちに取り囲まれ、人目のつかない部屋に連れ込まれた家康は─────
「いえ、やす…さま…」
虚空を睨み、苦悶の表情を浮かべる家康に、竜昌が声をかけると、家康はハッと我に返り、かぶりを振った。
そして竜昌を驚かさないようにゆっくりと近寄ると、その前にしゃがんだ。
「もう、大丈夫…」
そう言いながら家康が刀を掴むと、竜昌は、爪が白くなるほど強く握りしめていた刀をゆっくりと手放した。
家康はその刀を床に置いて立ち上がると、竜昌に手を差し伸べた。
「立てる?」
返事はないが、竜昌の震える手が、家康の手に重ねられる。しかしその手に力は入らず、腰が抜けたようにその場にうずくまったままだった。
いっぱいに溜まった涙をこぼすまいと、大きく見開いた竜昌の目が、行燈の光にゆらめいていた。