第6章 【家康・中編】※R15
「竜昌…竜昌…」
帯刀は、何度も竜昌の名前を呼びながら、はだけた着物の衿口から、竜昌の鎖骨に唇を這わせた。
「…んっ、いやっ」
ぞくぞくと悪寒が竜昌の背筋を走り、情けない悲鳴が思わず口から洩れる。
「竜昌…俺はずっと…お前のことを…」
声がでないように唇をきつく噛みしめていた竜昌の目から涙がこぼれおち、頬を伝った。
その時、竜昌の懐から小瓶が転がり落ちた。家康からもらって以来、中身の傷薬はなくなってしまったが、肌身離さずもっていたびいどろの小瓶だった。
床板に転がった小瓶がキンと澄んだ音をたてるのを聞いたとたん、竜昌の胸の奥から力が湧いてきた。こんな所で辱めを受けるわけにはいかない。
竜昌は顔を上げると、その胸元に顔を埋めている帯刀の左耳にがぶりと噛みついた。口中に血の味が広がる。
「うっ」
帯刀が呻き声をあげて、噛まれた左耳を押さえた。
竜間はやっと自由になった右手で力いっぱい帯刀を突き飛ばすと、身体をねじって手を伸ばし、枕元に置いてあった刀を掴んだ。
「馬鹿、よせ竜昌」
しかし帯刀も、背中から覆いかぶさるように竜昌を押さえつけ、その刀を掴んだ。
「くっ離せ…」
刀を奪い合い、もつれるように床を転がる二人。文机が倒れ、硯や筆が派手な音をたてて床に散らばった。
「────そこで何してんの」
突然の声に、二人の動きが止まった。
竜昌が顔を上げると、障子が開け放たれた部屋の入り口に、家康が立っていた。背後の中庭から差す月の光が逆光となり、その表情は見えないが、その声には抑えきれない苛立ちが含まれていた。
息も荒いまま、帯刀がゆっくりと身体を起こした。とたんに耳に激痛が走る。触れてみると、ぬるりと血の感触がした。
それでも帯刀は精一杯の虚勢を張って、家康を睨みつけた。
「これはこれは、徳川様。このような夜更けに何用でござりましょうや?」
「何してんのって聞いてんのはこっちだよ」
凄味をきかせる家康は、普段の無関心そうな態度とはまるで逆だった。
しかし帯刀も負けてはいない。
「他人の房事を覗き見るご趣味がおありとは、三河の大大名ともあろうお方が、まこと無粋でいらっしゃいますな」
「房事ね…本当の無粋はどちらか、その子に聞いてみれば?」