第6章 【家康・中編】※R15
一行が城下町の入り口でしばし足を止めていると、遠くのほうからバタバタと駆けてくる足音が聞こえてきた・
「り─────ん!!!!」
「姉様!?」
やはり足音の主は、竜昌の姉・菊だった。
一直線に竜昌に駆け寄ると、まるでウサギのようにぴょんと竜昌に飛びついた。竜昌が両手でそれを抱きとめる。これではどちらが姉かわからない。
「りんおかえり!!無事で…よかった…」
「姉様…」
「こらこら菊、気持ちはわかるがまずはご挨拶なさい」
「あっ!」
一之進が困り顔で諫めると、菊はハッと我に返ったように竜昌から離れ、家康に向かってひざまずいた。
「徳川様!安土以来ご無沙汰しております。ようこそ秋津へ参られました。」
「菊殿、久しぶり」
「今は私が城の奥を預かっております。皆様に夕餉の御仕度ができておりますので、ささ、どうぞ」
菊にうながされ、一行はふたたび歩き始めた。
通る道すがら、城下の民たちは通りに総出で、新しくやってきた城主を歓迎した。中でも女子たちは、老いも若きも、馬上の家康の姿にすっかり夢中になっていた。
「まあ…新しいお殿様のなんと凛々しいこと…」
「なんでも竜昌様を負かしたって噂よ!」
「ええ!あんな優男のようなお顔なのに、竜昌様よりお強いの!?」
どこをどう伝わったのか、競射の噂はここまで届いているらしい。竜昌はなんだか気恥ずかしくなり、顔が熱くなるのを感じた。
「りん」
竜昌と肩を並べて歩いていた菊が、小声で耳打ちした。
「家康様は、鹿肉がお嫌いなのよね?」
「お嫌いというか…」
このあたりでは、鹿肉は贅沢な食糧として、よく宴の席に供された。中でも秋津でとれる鹿は、山の木の実をふんだんに食べ、急な山道を渡り歩くことから身がしまり、絶品として有名だった。
しかし竜昌は事前に菊へ文を書き、鹿肉を出さぬように釘をさしておいた。
「…別に嫌いじゃない」
二人の会話を小耳にはさんだ家康が、ぼそりとつぶやいた。
「え!?でも家康様、御殿に鹿を飼っていらっしゃるって…」
「あれは非常食。いざとなったら食べるから」
「えええ…」
竜昌が大きな目をさらに丸くしていると、家康はクスリと笑った。
「嘘。鹿肉が嫌いじゃないのは本当だけどね」
『笑った…家康様が…』
かすかだが、初めてみる家康の笑顔に、竜昌は一瞬で魂を奪われたように立ち尽くした。