第6章 【家康・中編】※R15
「ねえ、りん、あんた」
ボーっとしている竜昌を、菊が肘で小突いた。
「徳川様のこと、好いとるでしょ」
「ふゃ!?」
竜昌は素っ頓狂な声をあげ、飛び上がらんばかりに驚いた。そしてやっと己を取り戻し、再び歩き出す。
「ななななにを姉様…」
「やーっぱりねえ。何かおかしいと思ったんだよねえ。ただのお客様なら、こ─────んな長い文、よこさないもんねえ」
菊は両手を大きく広げて、いかに竜昌の文が長く、読むのが大変だったか訴えた。
視察前に、竜昌が菊に送ったその文には、家康が秋津城の主になった経緯から、滞在の日程、食べ物の好みまで、こと細かに記されてた。
もともと竜昌は筆まめなほうだったが、今回の文には『何か』あると菊は読んでいた。
「そ、そんなわけないじゃないですか、私はただ、新しい殿にご無礼がないように…」
「いい男ぶりだもんねえ~💛徳川様」
「そもそも、私は強い…」
「でも徳川様、あんたに勝ったんでしょ?」
「んぐ…」
竜昌は口をつぐまざるを得なかった。
自分より強い男じゃないと婿にはしない、というのは竜昌の昔からの口癖だった。
竜昌が秋津にいたころ、その条件に該当する者はついぞ現れなかったが、競射で竜昌に勝った家康は、現在唯一その条件を満たしていることになる。
「身分!身分が違いすぎます!好きもなにも…」
「そうねえ。身分違いの恋ほどよく燃えるっていうし…」
「ちょっ姉様!」
九歳年上の姉のひやかしに、まったく歯が立たない竜昌。真っ赤になった顔を両手で覆い隠すようにし、指の隙間から前をみながらトボトボと一行の後をついていった。
二人のやや後ろに、苦々しい顔で歩く帯刀の姿があることに、竜昌は全く気付いていなかった。
─── ◇ ─── ◇ ───
その日、徳川家の一行は城内に宿泊して身体を休め、翌日にお披露目や、家康を主とした初めての会議が開かれることになった。
夕餉の後、家康は当然のように城主の間に案内された。元は竜昌の部屋だったところである。
一方の竜昌は天守の下階にある客間に通された。
その他の家来衆は、天守をかこむように建てられている侍詰所に宿泊することになった。
勝手知ったる城とはいえ、客間に泊まるとなると、まるで違った雰囲気に感じる。竜昌は胸がドキドキして、なかなか寝付くことができなかった。