第6章 【家康・中編】※R15
家康の、澄んだ水のような翡翠色の瞳を、竜昌は初めて見たような気がした。その瞳に怒りの色はない。
もっと、その水の奥深くを覗き込めば、家康の心がわかるかもしれない…。
しかし一瞬だけ交わった視線も、家康がすぐに逸らしてしまった。
『あの時と同じだ…』
結果として、家康のことをもっと知りたいと思う気持ちがますます募っただけだった。
その時、前方を歩いていた家来が声をあげた。
「まもなく秋津国です」
「あ、ではここからは私が案内いたしますね」
これ幸いとばかりに、竜昌は家康から離れ、一行の先頭に立った。
そして一行は、ついに秋津国に足を踏み入れた。
秋津の民たちは家康一行の姿を見ると、深々とお辞儀をして見送った。中には竜昌に声をかけてくる者も少なくなかった。
「殿様ーおかえんなさい!」
「アンタ、竜昌様はもう殿様じゃないんだよ!」
「いっけね!」
「あはは。弥彦、こちらが新しいお殿様だよ」
その笑顔を見れば、竜昌が下々の者たちにまで広く慕われていることがよくわかった。
谷川沿いにしばらく歩くと、やがて崖を上るような急峻な山道が現れる。これが秋津城へと続く一本道だ。
先日の秋津城の戦いでは、織田・伊達連合軍がここで苦戦を強いられたらしい。
その山道にさしかかると、竜昌は馬を下り、皆と一緒に歩き始めた。歩きながら時折、ピィッと鋭く口笛を鳴らすのは、熊避け兼、仲間への合図であるらしい。山育ちの秋津の民は、小さいころからこの口笛を学ぶという。
しばらく歩き続けると、林の奥から、竜昌に応えるようにかすかな口笛が聞こえてきた。
竜昌もそれに口笛で答え、しばらくやりとりを続けると、後方をふりかえって笑った
「迎えがきました!」
しばらくすると、本当に馬に乗った数名の侍が山から下りてきた。
竜昌は思わず彼らにかけよる。
「義兄様!」
「竜昌!」
侍たちは全員馬から下り、竜昌に群がった。
「義兄様、お久しゅうございます。みな息災ですか?」
「ああ、なんとかやってる。菊も待ちかねているよ」
「はやくみんなに会いたいな…あ、そんなことより!こちらが徳川家康公でございます!」