第6章 【家康・中編】※R15
「?」
先に晩酌はじめていた家来衆全員が、まるで魂を抜かれたように竜昌にくぎ付けになっている。
上座を見やると、家康までもが口に運びかけた盃を止めて、竜昌を見つめている。
「あ…」
竜昌は自分の身体をみて、それを両手で覆い隠すようにしながら身をよじった。
「これはあの、宿の仲居が、その、女物を…」
竜昌は、白地に藍で 葵の葉が染め抜かれた浴衣を着、腰のくびれで縞地の細帯を締めたていた。
その艶めかしい腰の曲線と、深く抜かれた襟からのぞくうなじ。ほつれた一筋二筋の髪からは、まだときおり雫が滴っている。
「似合い…ませんよね。着替えてきます…」
そう言って部屋に帰ろうとする竜昌を、家来衆が全力で引き留め、無理やり手を引いて上座の家康の横に座らせた。
「失礼いたしします…」
竜昌が真っ赤になりながらも家康に徳利を差し出すと、家康は視線をそむけたまま盃をぐいと飲み干し、それを竜昌のほうに黙って突き出した。
「皆様もお飲みになりますか?」
家康に注ぎ終わった竜昌が声をかけると、すべての家来衆が自らの盃をひっつかんで我先にと殺到し、竜昌の前には行列ができた。
家康はその様子をみて溜息をつくと、次の盃を一息に飲み干した。
家来衆ひとりひとりに酒をつぎ、丁寧に返杯を受けていた竜昌は、夕餉を食べ終わらないうちに、最早その目はとろりと蕩け、ろれつが回らなくなってきていた。
「いえやすさまぁ、もう一献いかがれすかあ」
酒には強いほうだったが、疲れと、湯上りののぼせも相まって、酔いが早くまわったのだろう。
しどけなく乱れてきた裾からちらりと覗く太腿が、家康の席からは丸見えである。
とうとう我慢できなくなった家康は、にわかに立ち上がり、竜昌の手を引いて立ち上がらせた。
「あんた酔っぱらいすぎ。明日早いんだからもう寝て」
そしてそのまま引きずるように、竜昌を部屋へと連れて行った。
部屋にはすでに布団が敷いてあり竜昌は倒れこむようにそこへ横になった。
「明日は卯の刻(午前6時)に出立だからね」
「ん…いえやす…さま…」
「ん?」
小声でつぶやく竜昌に耳を寄せる。酒の匂いに混じり、かすかに花のような甘い匂いが家康の鼻をくすぐった。
「うふふ…秋津はほんとうによいところれす…いえやすさま…どうか…どうか皆をおねがいいたします…」