第6章 【家康・中編】※R15
六日の早朝、秋津国へ視察にいくため、家康とそれに従う二十二人の家臣たちが安土を発った。その中にはもちろん竜昌もいる。
馬に乗る家康と竜昌以外は全員が徒歩だが、この人数であれば、丸二日歩き続ければ秋津につく算段だった。
よっぽど秋津へ向かうのが嬉しいのか、道中の竜昌は終始ご機嫌で、ときどき鼻歌を歌ったり、家来衆と談笑したりしていた。
『やっぱり…安土では無理していたんだな…』
竜昌を見つめる目がいつのまにか優しくなっていることに、家康自身も気づかなかった。
途中 一行は、予定通り 秋津国境にほど近い小さな温泉宿に到着した。日はすでに暮れかけ、空には一番星が輝いている。
宿の主人は提灯を手に、待ちかねたとばかりに一行を出迎えた。
「徳川様、ようこそおいでくださいました。むさくるしいところではございますが、せめて当家自慢の岩風呂でごゆるりとお寛ぎくださいませ」
一日中歩き詰めだった一行は、岩風呂と聞いて目が輝いた。
「世話になります」
竜昌が軽く会釈をすると、その声を聴いた宿の主人は驚いて目を丸くした。
「これはこれは、女性の方でいらっしゃいましたか、てっきり御小姓様とばかり…ご無礼いたしました」
「いえいえ」
竜昌は苦笑した。いつものことだ。
その会話をさえぎるように、家康が主人に声をかけた。
「みな疲れているから先に岩風呂とやらに入らせてもらいたい。夕餉はそのあと用意してくれるか」
「かしこまりました」
仲居に部屋へと案内された後、夕餉までの間に一行はかわるがわる岩風呂に入った。
最後の家来衆が風呂からあがるのを見届けると、竜昌は頃合いをみて、ひとり岩風呂へと向かった。
主人が自慢のと言うだけあって、熱いほどの源泉がこんこんと湧き出る岩風呂は、およそ10畳ほどの広さがあり、のびのびと湯につかりながら天の川を楽しむこともできた。
「ふー…」
竜昌は首まで湯につかると、全身の息を吐いた。思えば、これまで安土城では、知らない人やしきたりにかこまれ、緊張の連続だった。
しかし明日は、生まれ育った秋津国だ。そう思うと胸が弾んだ。竜昌にとって約半年ぶりの故郷だった。
懐かしい人の面影が、次々とまぶたに浮かんでは消えた。
「おまたせいたしました!さあ夕餉にしましょう」
風呂からあがった竜昌が、夕餉の用意された広間に姿を見せると、一瞬、場の空気が凍り付いた。