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【イケメン戦国】夢と知りせば覚めざらましを

第5章 【家康・前編】


そのまま竜昌が動けずにいると、背後からギリリと弓をひく音が聞こえてきた。驚いて首だけで振り返ると、なんと家康が観客席に向かって弓を引いている。
「もう一回言ってみなよ。その減らず口にこいつを打ち込んでやるよ」
どうやら竜昌を嘲った男に狙いをつけているらしい。
「ヒィッお許しください!」
件の男が、慌てて家康に謝る声が聞こえてきた。
竜昌は今まで、女であるがゆえの嘲りや皮肉を受けたことは数えきれないほどあり、慣れているつもりだった。
しかし家康が、観衆の前で表立ってそれに反撃してくれたことで、まるで冷え切った身体の胸中に、一点だけ温かい火が灯ったかのように感じた。
そしてその気の緩みか、竜昌はついに構えていた矢を放ってしまう。

矢は─────  外れた。

観衆からの大歓声があがった。
家康の勝利が決まった瞬間だった。
竜昌はその場に片膝をつき、信長に頭を下げた。
「家康、大儀であった」
家康は構えていた矢を下ろし、信長に向かって軽く一礼をした。
「勝者には褒美をとらそう。ふむ…何がいいか…」
しばらく考えこんでいた信長が、竜昌に視線を移すやいなや、急に扇で手のひらを叩いた。
「そうだ家康、秋津城をそなたにやろう」
「えっ!」
「信長様!?」
竜昌と家康、桟敷の武将たちもが同時に驚きの声をあげた。
観衆からはどよめきが上がった。秋津城は、つい数か月前まで竜昌が治めていた城だ。今は伊達家から派遣された兵たちが暫定的に駐留しているが、竜昌が安土に来て信長の家臣となって以来、主がいない状態が続いていた。
家康は眉根を寄せ、何か考え事をしているような表情をしている。
「何か不満か、家康」
「いえ…」
家康は背後にいる竜昌をチラリと見やった。竜昌はひざまずいて地面を見つめたまま動かない。どういう表情をしているのかは結局わからなかった。
辞退すべきだとは思ったが、信長が一度言い出したら聞かない性格なのをは家康も知っていた。ここは下手に気を遣ってこじらせるよりも、受け取っておいて、あとで何かしらの理由をつけて竜昌に返すようにしたほうがいいと判断した。
「ありがたく、拝領いたします」
「では、決まりだな」
その一言で、家康に再び喝采が送られ、競射はお開きとなった。
家康は竜昌にどういう態度をとっていいかわからず、とりあえずその場を離れた。
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