第5章 【家康・前編】
その時、観客から残念そうな感嘆が漏れた。誰かが外したらしい。
しかし竜昌は動じることなく、次の矢も的中させた。
家康はかぶりをふって、次の矢を射るために再び神経を集中させた。
十本の矢を打ち終わり、結果勝ち残ったのは、十射的中させた竜昌と家康、そして日置正次の三人だった。
他の三人も、たかだか一本や二本、的中からわずかに外れたのみで、その卓越した腕前には観衆から惜しみない拍手が送られた。
しばしの休憩ののち、決勝戦が行われる。決勝は、それぞれが一人ずつ順番に射て、的中を外した者から脱落していく方式がとられた。
最初の射手は竜昌。もちろん的中。
次の射手は家康。これも的中。
続いて日置。これも的中
互いに一歩も引けをとらない白熱した競射となった。
このままでは全員が的中を続け、あとは体力勝負となってしまう。
日置は白髪まじりの初老の男だが、その体躯は堂々としていて、腕などは竜昌の倍はあろうかという太さだった。
一方の家康も、身体こそ細いものの、長い手足と伸びやかな筋肉は海道一の弓取りの名に恥じないものだった。
仮に弓の腕は互角としても、この中ではさすがに竜昌が体力的に劣る。
「大丈夫かな…りんちゃん…」
舞が心配そうに両手を胸の前で組み、天に祈った。
その時、日置が五本目の矢をからくも外した。
「クソッ」
悔しそうに地面を蹴り、日置が退場していった。残るは竜昌と家康。
その後、二人がかわるがわる射るも、すべて的中で全く勝負がつかないまま、矢の数は二十射を超えた。
竜昌が次の矢を手に取った時、観客から一段と高い歓声があがった。
「キャー家康様!!」
何事かと思って後ろを振り返ると、汗だくになった家康が暑さに耐えきれず、着物を諸肌脱ぎしたところだった。
家康の、色白の肌には似つかわしくないほどの厚い胸板と、複数に割れた腹筋、固く盛り上がった二の腕が、竜昌の眼に飛び込んできた。
心臓がギュッと縮こまり、首から上が熱くなるのを感じた。
慌てて目をそらして矢をつがえ、的に集中しようとするが、視界はぼやけ、手は震え、このままでは的を外してしまうのは明白だった。
矢を放つことができず、竜昌がじりじりと構え続けていると、観客席から酔っぱらったような男の声が聞こえてきた。
「いいぞー竜昌ーお前も脱げー」
その瞬間、頭から冷水をかけられたように、竜昌の身体は硬直してしまった。