第5章 【家康・前編】
二の丸の広場に設けられた弓場には、武将たちの観戦用に桟敷が設置され、その他の観客用にも茣蓙が敷かれた。
さっそく誰かが酒を持ち込んだのか、観客席はすでに宴会場のごとく賑わっている。
「家康様がんばってくださいませ~!」
「家康様~♡ご武運を~」
女中たちの黄色い声がひっきりなしに上がるが、家康は見向きもしない。
「三成くんは誰が勝つと思うー?」
「それはやはり家康様でしょう」
寸分の迷いもない天使のような笑顔で三成が答える。
「わたしはりんちゃんに勝ってほしいな~」
「あいつならやるかもしれないな」
「うちの奴も大したもんだぜ?」
家康以外の武将たちはそれぞれ腕に覚えのある家臣を出場させている。
勇ましい陣太鼓と共に、各家の代表者の名前が読み上げられた。
「織田家代表 藤生竜昌殿」
「徳川家代表 徳川家康殿」
「豊臣家代表 大島光義殿」
「明智家代表 立花宗茂殿」
「伊達家代表 日置正次殿」
「石田家代表 鈴木大学殿」
いずれも名の知れた、百戦錬磨の弓の名手たちである。
その中でも、額に鉢巻をつけ、弓籠手を装備した竜昌は、他の武将たちに負けず劣らずの凛々しさだった。
競射はまず、一人十本の矢を射て、的中した矢の合計得点を競う方法で、上位三者を選ぶことになった。的の中心に当たるほど得点が高い。
開始の合図の陣太鼓が打ち鳴らされると、六人がほぼ同時に弓を引く音が、弓場にギリギリと響き渡った。
観客たちは息を呑み、その様子を固唾を飲んで見守る。
そして次々と矢が放たれ、小気味よい音をたてて的に突き刺さると、一斉に歓声が上がった。
「すげえ!全員的中だ!」
「家康様ステキー!」
竜昌は息を整え、次の矢を構えた。
『この位置で良かった…』
横一列に並んだ射手の中で一番若輩の竜昌は、一番右、最も観客から遠い位置にいた。
ここなら歓声も遠いし、背後にいる家康の姿も目に入らない。
陣太鼓が鳴り響き、二の矢も放たれた。再び六人全員が矢を的中させる。
「皆様さすがですねえ」
「りんちゃんがんばってー!」
家康は次の矢をつがえながら、背後からちらりと竜昌の後姿を見た。
『ふん…いい構えするじゃん』
竜昌の一分の無駄もない構えと、おおらかで力強い引きの美しさは、さすがの家康も認めざるを得なかった。