第21章 【光秀編】#3 君に捧ぐは
「ああ、簡単なことよ」
足音がこちらへ近づいてくる。
身体を固くしていると、髪の毛をぐいと掴まれ、力任せに頭を引き上げられた。
急に視界が開け、土間のあるみすぼらしい小屋の中に、自分が横たわっていたことがわかった。
そして小屋の入り口に立つのは、紛うことなき光秀様の姿だった。おぼろげな囲炉裏の火に照らし出された、白い羽織。それが舞様のものではないことに気付き、胸の中がざわついたが、それも喉元に当てられた白刃の冷たさにかき消された。
そしてその光秀様の周りをとりかこむように、6人もの男たちが、抜き身の刀を構えている。
そしてなんと光秀様は、
『丸腰…!?』
その腰にあるはずの二本、備前近景と切羽貞宗は、無かった。
しかし当の光秀様は、相変わらず飄々としたお顔で、その唇には薄く笑みさえ浮かべているように見える。男たちに一瞬で切り刻まれてもおかしくはないのに。
「この女の命と、今 安土の牢に捕らえられてる『播磨のサンジ』を交換だ」
「ほう…播磨のサンジ。お前ら無明党の一味か。ハッ、忍び崩れの分際で、図々しいことだ」
「余裕があるのも今のうちだぜ。お頭が解放されるまで、さて、こいつの鼻を削ごうか?耳を削ごうか?お頭と同じようにな…」
「…」
男は厭らしく舌なめずりをしながら、私の顔を覗き込んだ。サンジというのは、忍びの頭領の通り名なのかもしれない。捕らえられた頭領を奪い返すために、手下どもが私を狙ったのだろう。
「それでもいいのかい?明智の旦那。ずいぶんとこの娘を可愛がっていたようじゃないか。手ずから種子島を教えて…」
「…」
「男のナリはしてるが、なかなかの上玉だしよ。なあ姉さん」
「…」
「旦那がこの話に乗らないってんなら、ここでお帰りいただこうか。さすがに俺らも旦那と一戦交える気はないんでね。だが姉さんの方は、」
「…」
「俺たちみんなで存分に楽しんだ後に、明日の朝には淡海(おうみ※)の水にドボンだ」
※琵琶湖のこと