第21章 【光秀編】#3 君に捧ぐは
男は、私の首に当てていた刀を、つつっと胸元にずらした。ひとつ間違えば心の臓を一突きだ。私は動くこともできず、ゆるゆると滑っていく切っ先を見つめることしかできなかった。
「さあ~?どうする?旦那」
男はその切っ先で胸に巻いていたさらし布を器用にひっかけ、切り裂いた。
「アッ!」
それまで顔色ひとつ変えなかった光秀様の口元が、わずかに歪んだように見えた。いや、それは私の願望が見せた幻だったかもしれない。
サンジとかいう頭領が安土の牢にいるということは、光秀様は、信長様の命でそいつを捕らえたんだろう。このままでは光秀様だけでなく、信長様にも御迷惑がかかってしまう。
しかし縛りあげられ、武器も取り上げられたままでは、何もできない。
いけない、このままでは。
考えろ。考えろ、竜昌!
私は、さらし布を解いて楽になった胸に、大きく息を吸い込んだ。
「はっはっはっは!!」
「!?」
狂ったような私の笑い声に、部屋の男たちが一斉にこちらを振り返った。同時に、光秀様の黄金色の目が、私を射貫く。
「これはこれは、間抜けな忍びもいたものだ」
「なっ!?」
「人を攫うのであれば、もっと下調べをしてから来るべきだったな。私はそこにおられる日向守様にとって何の価値もない者」
「はあ?」
「家来でもなければ身内でもない、ましてや側女でもな。私は織田様に仕える家来の一人。殿の命で日向守様に種子島を習っていただけのこと」
「だっ…貴様…」
「その織田様の家来が、己の不始末で賊に攫われ殺されようが、光秀様にとって痛くも痒くもないわ!」
「竜昌!」
ここで初めて、光秀様がさえぎるように私の名を呼んだ。
囲炉裏の火を反射した、光秀様の黄金の瞳が、ちらちらと炎を宿したように輝いている。
まるで怒りに燃えているかのように。
「光秀様。御役目果たせぬことお詫び申し上げますと、どうか殿にお伝え下さい」
「…いい加減に黙れ!このクソアマが!」
私の髪を掴んでいた男が、反対の手で刀を振り上げた。刀身が囲炉裏の火でキラリと光った。
───光秀様、どうか、ご無事で。
(つづく)