第21章 【光秀編】#3 君に捧ぐは
「!!」
驚いて身を引いたのに、光秀様が種子島の砲身をぐっと掴んでいるので、一歩も動けなかった。
近い…光秀様の睫毛の一本一本まで数えられそうなほどだ。
心の奥まで見透かすような視線に射抜かれ、私はそこから動けなくなってしまう。
「光秀…様…?」
おそるおそる呼びかけてみると、光秀様は我に返ったように、大きくぱちりと瞬きをした。そしていつものように、皮肉げな笑みを唇の端に浮かべた。
「なぜ避ける?」
「え、さ、避けてなど」
「好いた男でもできたか?」
「なっ…」
お互いに握りしめていた種子島からふと力が抜け、私はそのまま よろよろと後ずさった。
揶揄われた、とは分かっている。それでも。
あの笑顔も、ふと触れる指先も、私だけのものではない。そう必死に言い聞かせていないと、息もできないほどに、胸が疼いた。
違うんです、光秀様。
「─────御戯れを」
そう言い返すのが精一杯だった。
私はうまく笑えていただろうか。
─── ◇ ─── ◇ ───
その後は、お互いに言葉少ないまま修練を終え、馬を光秀様の御屋敷にお返ししたあと、私はまた一人 安土城への道を歩いた。
光秀様に頂いた種子島が、いつにも増してずっしりと冷たく重く感じられる。
それでも私は背筋を伸ばして、宵の冷えた空気を思いきり吸い込んだ。
見上げた夕暮れの空には、巣へと急ぐ二羽の鴛(おしどり)が番となって飛んでいた。
ふと、あの片方を撃ったならば、もう片方はどうするのだろう?などと考え、足が止まった。
その時、
ガッ
急激に足から力が抜け、両膝をつく。
眼前に迫ってくる地面から守るように、種子島を胸に抱きしめたことは覚えている。
意識を失う前に 私が最後に見たのは、暮れなずむ西の空に輝く 宵の明星だった。