第21章 【光秀編】#3 君に捧ぐは
「竜昌」
「はいっ、なんでしょうか光秀様」
光秀様の呼びかけに、できるだけはきはきと答える。
私はうまく笑えているだろうか。
「…疲れたか?」
「いいえ?大丈夫です。まだいけます」
「そうか」
光秀様が小さく首をかしげるのが、視界の端に映った。次の弾丸を込めながら、少しだけ視線をずらせば、もうその姿は目に入らない。
「お前は疲れてくると、右肩が上がるクセがある」
「ハッ」
いつも思う。光秀様は、この修練場でも安土のお城でも、まるでいくつも目がついているかのように、他人の事をよく見ている。
信長様がお命じになる前にその意を汲んだり、秀吉様のご機嫌が悪いときにあえてちょっかいをかけにいったり、舞様の────
私はあえて息を止め、思考を閉じた。
「申し訳ございません。精進します」
意図的に右肩を下げるようにして、種子島を構える。確かに右肩に無駄な力が入っていたようで、思っていたよりも狙いが上ずっていた。
息を吐きながら、少しずつ砲身を調整して、的にあわせる。引き金をひくと、パンという乾いた音とともに鉛玉が飛び出し、吸い込まれるように的にあたった。
「見事」
「ありがたきしあわせ」
私は種子島を肩にかつぐと、ひざまずいて礼をした。
「どうした竜昌?」
光秀様が、私のほうへ一歩踏み出す。
そうだ、このお方は人との距離が近すぎるのだ。いつもあんな風に気軽に触れるから、つい勘違いをしてしまう。
あの日お屋敷で、光秀様の指が触れたときの感覚が、いまだに残っている。
私は手甲でぐいと頬を拭って立ち上がると、一歩下がり、光秀様との距離をとった。
「…」
光秀様がそれに気づき、歩を止める。
「次は鳥でも撃ちましょうか」
見上げると、かすかに秋の気配を含んだ、抜けるような青空が広がっていた。
しかし残念ながら鳥は一羽も飛んでいない。
「よい日和ですね。舞様もいらっしゃればよかったのに」
今日の修練に舞様はいない。前回の試し撃ちで、種子島の轟音と重さに懲りたのだという。
再び光秀様と二人きりの修練なのに。私は光秀様の顔を見ることすらできず、ずっと遠くの空を見ていた。
その時、さっと日差しが陰った。鳥かと思って振り返ると、すぐ目の前に光秀様のお顔があった。