第18章 【光秀編】#1 これでは、まるで
三成様の言ったとおり、次に光秀様にお会いできたのは それからふた月ほどたち、いい加減 私も安土での暮らしに慣れてきた頃だった。
本丸の渡り廊下の向こうに見えるのは、白い着物を身にまとった まごうことなき光秀様。その隣の色鮮やかな着物は秀吉様だ。
二人はこちらに背を向け、楽しそうに談笑している。
『やっと兜のお礼が言える!』
私は逸る胸を押さえながら、近づいて声をかけようとしたが、直前でふと立ち止まった。背の高い二人の背にかくれている存在に気付いたからだ。
姿は見えずとも声は聞こえる。声の主は────そう、舞様だった。
そうとわかれば、二人の楽しそうな様子にも納得がいった。
安土城で暮らすようになった私にとって、舞様ほど不思議な存在はいなかった。
最初にお会いした時は、信長様の奥方様に違いないと思ったが、それは違うという。
織田家所縁の姫君だということだったが、この城内を自由に歩き回ることを許されていて、ときには軍議に参加もする女人。ただの姫君のはずもない。
不思議に思い、舞様の周囲を観察していると、信長様をはじめとする武将方も、舞様のことを憎からず思…いや、それ以上の好意を寄せていることが見てとれた。
舞様は、そんな方々のお気持ちを知ってか知らずか、生来の天真爛漫さを存分に発揮して、ひらりひらりと指をすりぬける蝶のように、楽しそうにこの城で暮らしていた。
三人の笑い声が響き、我に返る。
その時、光秀様が片腕をもちあげ、その大きな手のひらで舞様の頭をぽんぽんと撫でるのが目に入った。
何故か、胸の真ん中が小さく疼く。
しっしっ、と まるで虫でも追い払うように、秀吉様が光秀様の手を払いのけると、舞様の笑い声がひときわ高くなった。
楽しそうな三人の姿に話しかけあぐねていると、ふと光秀様が後ろを振り返り、その涼しげな視線が私をとらえた。まるで後ろに目でもついているかのように。
光秀様は例のごとく唇の端を少しだけ上げた。
「竜昌、久しぶりだな」
「あ、の…」
突然のことに、うまく声が出ない。
舞様と秀吉様も、つられて私を見た。
「りんちゃん!」
舞様は、私の幼名を気に入ったようで、いまだに私のことを「りん」と呼ぶ。まるで姉がもう一人できたみたいだ。
「聞いてよ、ひどいんだよ光秀ったらー」