第18章 【光秀編】#1 これでは、まるで
まるで狐に化かされたような、白昼夢のような出来事だった。
間近で見た、あの琥珀色の眼差し。涼し気な笑顔の下に息づく、冷たくも猛々しい闘志。見た目というよりは雰囲気が大叔父様と似ているような気がする。きっと姉はそのことを言っていたんだろう。
『そういえば私…明智様にろくにお礼どころか挨拶も────そうだ、挨拶!!』
明智様の突然の来訪ですっかり忘れていたが、部屋で身支度を整えた後、すぐ御館様にご挨拶をしにいく手筈だった。これ以上お待たせするわけにはいかない。
慌てて天主に向かうと、待っていたのはもちろん我が主、織田様と、その腹心である豊臣様、石田様。しかしそこに明智様のお姿はなかった。
皆様に一通りの挨拶を済ませた後、明智様のおられるはずの場所をちらちらと見ていると、石田様のほうから声をかけられた。
「光秀様ですか?」
「あ、はい、その…」
私は兜の一件を伝え、明智様に改めてご挨拶したいのだと言うと、石田様はその柳眉を少しだけ下げた。
「光秀様は御役目柄、あまりこの城内にはいらっしゃいません。本日もどちらかにお出掛けかと」
───え、ついさっきまで私の部屋にいたのに?
「アイツはそう、まさに神出鬼没という奴だな」
豊臣様がそう話をつなげ、苦笑いした。
そういえば、私が城に到着したとき、まだ誰にも知らせていないのに、明智様はちょうど時間ぴったりに私の部屋にやってきた。
「もしお見掛けしたら、竜昌殿がお探しでしたとお伝えしておきますね」
「かたじけのうございます。石田様」
「そうだ竜昌殿。これからは私を三成とお呼び下さい」
「えっ?それは…」
「信長様がそう好まれるのです。私も皆様のことは名前でお呼びしています」
「そうですか…では、み、三成様…よろしくお願いい申し上げます」
「こちらこそ、竜昌殿」
「俺も秀吉でいいぞ、竜昌」
「ハイ、秀吉様」
「本当は様もいらないが…まあ慣れるまでは良しとするか」
鳶色の眼を細めて、優しげに笑う秀吉様を見ながら、私は不謹慎にも 頭の隅で別のことを考えていた。
『明智様も…光秀様ってお呼びしていいのかな…』