第18章 【光秀編】#1 これでは、まるで
姉を見送った後、伊達様と家中の方々に心からの礼を述べ、私もお屋敷を後にした。
晴れて織田様直属の配下になった私は、安土城内の一室を与えらえたのだ。
伊達様は寂しがってくれたが、お世話になったお礼にいつでも剣術の手合わせに応じる、と約束をすると、嬉しそうにその隻眼を細めていた。
城に入ると、まずは私にあてがわれた部屋に案内された。
ここにいれば、いつかは明智様のお顔をよく見ることもできるだろうか、とぼんやり考えながら荷解きをしていると、背後ですっと障子の開く音がした。
「邪魔をするぞ」
振り返った私の目に飛び込んできたのは、品のある白い羽織、絹のように繊細な銀髪、そして射るような琥珀色の瞳────そう、今まさに心に思い描いていた、明智様の姿だった。
「あ…」
「どうした?鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をして」
明智様は薄い唇の端を少しだけ吊り上げるようにして、ニヤリと笑った。
そして突然の事にうまく声も出せず固まっている私の前に音もなく腰を下ろすと、胸に抱えていた大きな布包みを床に下ろした。
「これをお前に返そうと思ってな」
「あ!」
布の中から現れたのは、あの戦の折に無くしたと思っていた私の兜だった。きれいに磨かれ、傷ついたはずの前立てもきちんと修復されている。
唖然としながら兜と明智様を交互に見ていると、明智様の手がこちらへすっと差し伸べられ、ひんやりと冷たい指先が私の顎をすくった。
「!」
「傷はもう大丈夫なようだな」
明智様はそう言いながら、やや上を向かされた私の首元を覗き込んだ。あの時、門の上で刃を首にあてた時の傷のことを言っているのだろう。
「ん…」
ごくりと固唾をのみこむ音が、明智様にも聞こえてしまっただろうか。
目だけを動かして様子をうかがうと、明智様は相変わらずその唇に薄く笑みを浮かべている。しかし、その眼光は鋭く、私の心の奥底まで見透かすようだった。
しばらくの間、私はまるで狐に狙われた野兎のように、動くことも目をそらすこともできずにいた。
「では、またな」
永遠とも思えるような沈黙の後、明智様は短くそう言うと、来た時と同じように音もなく部屋を出ていった。
「…ぷはっ」
廊下の向こうに明智様の気配が消えて、はじめて私は自分が息を止めていたことに気付いた。