第18章 【光秀編】#1 これでは、まるで
これまで頭をかすめたことすらなかった物事でも、指摘されるとつい意識してしまうのは、人の性(さが)というものだろう。
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今日、姉の白菊は しばらくお世話になった伊達様のお屋敷を辞し、私たちの故郷・秋津国(あきつのくに)へと帰る。
出立に備えて荷造りをしている最中、姉はしきりに明智様のことを口にした。
「ここの武将方はみな輝くばかりの美丈夫だけど、中でも明智様が一等素敵だと思わない?」
「姉様、義兄上が泣きますよ」
「それはそれ、これはこれ」
確かに、先日の宴で顔を合わせた安土の武将方は皆、雄々しさの中に、見ているこちらが尻込みするほどの艶をも秘めていた。
中でも姉は、捕らわれていた敵陣から颯爽と自分を助け出してくれた明智様に、ひときわ情を寄せているようだった。
「あ~、わたしもあと十ほど若ければな~」
「はいはい。さあ早く支度して。姫達が待ちかねていますよ」
「つれないわねえ。貴女も絶対に明智様が好みだと思ったんだけど」
「なんて!?」
「だってあのお方、ちょっと眼差しが大叔父様に似ているじゃない?」
大叔父様とは私の剣の師匠でもある、柳生宗則だ。何を隠そう、私のひそかな初恋の相手でもある。(九つ年上の姉には、何もかもお見通しだったようだけど)
大叔父様はいつもニコニコと笑っていたが、皺の中に埋もれている目が、ひとたび剣を持つとギラリと獰猛な鷹のように光るのが格好良くて好きだった。
一方で、明智様がどんなお顔だったのか、あまり思い出せない。なにしろ、戦さ場で遠く一町(約100m)ほどの距離から種子島で撃たれたのが初対面だ。先日の宴の席でも、皆より少しだけ離れた場所に座り、独酌でゆるりと過ごしていたことは覚えている。
「安土で見つかるといいわねえ、貴女より強い男」
「姉上、私は安土に嫁に来たわけではありません、織田様にお仕えするべく…」
「りん」
まだ言いたいことは山ほどあったが、姉は持ち前の人好きのする笑顔でにっこりと笑って、私の言葉を封じた。
「貴女はもう城主じゃないんだから。国のことより、自分の幸せを求めてもいいんだよ?」
「え…」
ああ、この九つ年上の姉に、私はいつまでたっても敵わない。
からからと笑いながら言った姉の言葉は、いつまでも私の心に残り続けた。