第17章 【信玄編・後編】※R18※
そんなことを信玄が望んでいないのは百も承知だ。しかし戦国の世の習いとして、同盟に人質はつきものだった。
今、この国で信長の寵愛を受け、人質にふさわしい人選と言えば───竜昌は、膝の上の拳を握りしめた。
「まさか…まさか、舞様を…」
ドチャッ
重い金属音に、竜昌が振り返ると、三成が手に持っていた来国長を床に取り落としていた。
「三成様!?」
そのすぐ横では、秀吉がまるで腰を抜かしたように倒れ、床に突っ伏している。
「秀吉様…?」
竜昌が困ったように上座を見ると、信長は扇で顔を隠したまま、プルプルと震えていた。
「竜昌よ」
「はっ」
「安土一の朴念仁は、そこの三成かと思っておったが、上には上がいたものだな」
「へ…?」
竜昌はまんまるに見開いた目で、必死で笑いをこらえている信長を不思議そうに見つめていた。
─── ◇ ─── ◇ ───
それから三月の後、春日山城を目指す行列が、越後国の青々と繁る田んぼの中を静かに進んでいた。
稲はすでに緑の穂をつけている。大きく粒のそろった籾は、今年の豊作を十分期待させるものだった。
農作業をしていた農民たちは手を止め、行列が通り過ぎるまで頭を下げた。
「えんらい立派な行列じゃのう」
「どこぞのお殿様か」
「あの御紋は織田様でねえか」
「あーうちの殿様と和睦なさるんで、人質のお姫様が来なさるって噂だぜ」
女衆が、豪華な金箔黒漆の輿や、贈り物らしき荷を乗せた馬が何頭も続くのを、溜息とともに見送った。
「まぁーまるで花嫁行列みたいねえ」
「うちの殿様もお一人なんだから、どうせならお嫁さんにしたらいいのにねえ?」
「魔王といわれた織田様の姫じゃろ?鬼姫様じゃあまりにも殿様が不憫じゃ」
ハハハと農民が笑い合う。
織田の行列の中でそれを聞いていた者が、ふふっと笑った。
軍神と呼ばれる上杉謙信だが、長い間 戦乱が続いた越後を平定し、農業や商業の発展に尽力し、平和と富をもたらしたとして、民からは慕われているようだった。