第17章 【信玄編・後編】※R18※
───お斬り下さい。
竜昌は言い淀んだが、信長はその意を汲んだかのように言った。
「和睦を飲めば、優れた武将一人の命を失わずに済む…という利もある。なあ秀吉?」
そして信長は、横にいる秀吉の顔をちらりと見た。
秀吉もあきれたような笑顔でそれに応える。
「竜昌、実はな、信長様は過去に何度も、信玄に宛てて和睦申し入れの書状を送ったんだ」
「え!?」
初耳だった竜昌は、身体が一寸浮き上がるほど驚いた。
「病に倒れたとはいえ、奴はいまだに手強い敵だ。それに信長様が京を目指せば、奴らは背後から攻め入ることができる位置にいる。だから和睦を結ぶことは、天下布武への足掛かりどころか、絶対に必要な条件なんだ」
「…」
「しかし何度使者を送っても、追い返されるばかりか、斬りかかられる者までいた。最後の戦いで、甲府を完膚無きまでに攻め滅ぼした信長様への憎しみは、それほど深かった」
竜昌は、信玄の思いつめたような顔を思い出していた。故郷への想い、家臣からの信頼、そしてそれらを一身に背負い、重さに倒れそうになりながらも、前に進もうとする強さを。
「それが今になって、信玄の方から和睦を申し入れてきたと聞いて、俺たちは正直驚いているんだ」
秀吉は、そう言って竜昌に向かって微笑みかけた。
七割の優しさと、三割の驚きと、そしてほんの少しの嫉妬が混ざった笑顔だった。
「お前のおかげだな、竜昌」
「いえ、私は何も…」
ほんのりと赤く染まる頬の熱を振り払うように、竜昌は首を振った。
「しかしなあ…」
信長の声に、全員が上座を向いた。
「あれほど疑り深い奴のことだ。和睦をすると言っても、人質の一人でも寄越せと言ってくるやもしれんなあ?」
「えっ!?」
「左様でございますね。本来ですと、信長様とゆかりのある方を人質とするのですが、信長様はいまだお一人。それに妹姫様たちもまだ幼くていらっしゃいますし…」
しれっと三成が応える。その言葉に三人は頷きながらも、視線はずっと竜昌に注がれていた。
「あのっ、え、そんな…」