第17章 【信玄編・後編】※R18※
キンッ!
固い金属同士がぶつかる音。
その場の誰よりも速く、兵吾の脇差を跳ね飛ばしたのは、信玄の刀だった。
「主君がならぬと言っているぞ」
「グゥ…」
兵吾は再び地面に崩れ落ちた。
竜昌は兵吾の側に歩み寄ると、膝をつき、その背中に手を置いた。
「兵吾…」
「姫様ァ…もうしわけありません…」
「お前のような者からしたら、信長様が憎くて当然だ。それを気遣ってやれず、すまなかった」
「…」
「それでもお前は、安土までついてきて、私を支え励ましてくれた。城も国も民も、何もかも失った私を…。今までありがとう、兵吾」
「…」
「私は、これからも信長様にお仕えしていく。あのお方が目指す、次の世を見るために。戦や、殺し合いや、憎しみを超えた、その先にある世を」
「姫様…」
「もしできたら、お前も一緒に来てほしいと思っている。無理にとは言わない。でも、お前なら、憎しみの心を乗り越えられると信じている」
「ぐ、うぐ、っう」
地面に突っ伏してむせび泣く兵吾の背を、あやすように撫でる竜昌の姿は、まるで菩薩のように静かな慈愛に満ちていた。
「お取込み中のところ、すまないが、」
突如、信玄が声を上げた。
信玄は刀を鞘に納めると、改めて竜昌のほうに向きなおり、その前にひざまずいた。
「!?」
すると、幸村をはじめ、周囲にいた武田勢がすべて、信玄と同様にその場でひざまずいた。
驚いた織田勢がざわついている中、信玄がそのよく通る声で言った。
「藤生殿。武田家は正式に、織田信長公に休戦を申し入れたい」
「えっ」
「今後、我らが織田領に攻め入ることは二度とないとここに誓う」
「信玄様…」
「今や、顕如は織田軍・武田軍共通の敵となった。できれば武力ではない方法で解決したいが…。いざというときは我が軍も協力しよう。それに俺なら、顕如とも謙信とも つなぎをつけることができる。必要ならば交渉役も買って出よう」