第17章 【信玄編・後編】※R18※
武田側は、信玄を裏切って顕如に加勢するものたちが、部隊をあの場に誘導するように仕組んだのであろう。では織田側は…?
「…だよなあ?そこのオッサン」
幸村はそう言いながら、手にもっていた十文字槍を握りしめると、振り返りざまに、目にもとまらぬ速度で向かって突き出した。
「兵吾!!!」
その切っ先は、寸分たがわず兵吾の心の臓をとらえ、ほんの紙一重のところで止められていた。
兵吾は驚いた表情のままぴくりとも動くことすらできず、その場でガタガタと震えている。
「お前、藤生殿の道案内をするふりをして、あの場に誘導し、さらに顕如の手勢を呼び込んだな?」
「うそ…兵吾…?」
竜昌の顔から血の気が引く。兵吾は、竜昌の父・由昌の代から藤生家に仕える古参兵である。
安土へも、是非にと請うてついてきてもらった精鋭兵の中の一人だった。
顔面蒼白となり、何も言わない兵吾をけしかけるように、幸村が十文字槍の切っ先で、兵吾の胴をツンと突いた。
すると兵吾は、まるで木偶のようにその場に崩れ落ち、ひざまずいた。
「もうし…わけ…」
「嘘だと言って…兵吾…」
兵吾は握りしめた両手を地面につき、平伏した。
「私は…織田との戦で、家も、息子も、嫁も、三人の孫も、すべて失いました…」
震えているのか、竜昌の手に握られている刀の鍔が、小さくカタカタと鳴った。
「姫様が命がけで救ってくださったおかげで、秋津国も、城も、無事でした…。しかし私は、どうしても、信長が許せなくて…!!」
「兵吾…」
握りしめた拳で何度も地面を叩く兵吾。
「あいつらは言ったんです!狙いは信長だと、姫様には手を出さないと!しかし…」
兵吾の拳は裂け、血が滲んでいた。
「…とんでもないことをしでかしました…姫様どうか…この阿呆の首をお刎ね下さい…」
「ならん!兵吾!」
竜昌は大声で一喝した。
涙で濡れた顔を上げた兵吾は、竜昌が動かぬと知ると、腰の脇差をすらりと抜き、自らの首に当てた。