第17章 【信玄編・後編】※R18※
兵吾によると、織田勢と武田勢がかちあったあの時、全軍が見渡せる丘の上で、状況を見守りつつ口笛で指示を出していた兵吾は、突然 背後から何者かに襲われ、斜面を転がり落ちてしばらく気を失っていた。
気が付いた時には、竜昌と信玄を乗せた馬が、矢に追われその場から走り出る所だったという。
「大事な時に…面目ございません」
「いや…こちらから伏兵を出しておきながら、相手の伏兵にまで気を配れなかった私の失態だ。しかしこれは…」
竜昌は、ちらりと赤備えの若武者───幸村に目を向けた。
「お二人が逃げおおせた後、そちらの真田様が、両軍に力を合わせよと号令をかけて下さったのです」
幸村がそれに応える。
「おー。あのまま三つ巴で戦っていたら、そっちもこっちも誰も動けず、むざむざ将を失う羽目になると思ってさ。共闘を申し込んだってわけ」
幸村は馬から降りると、竜昌の前に立ち、白い歯を見せながら、ニッと笑った。
「藤生丹波守殿、お初にお目にかかります。俺は武田家一の家臣、真田幸村」
「真田殿…まこと機に応じた名采配。かたじけのうございます」
竜昌がそう言いながら頭を下げると、幸村は照れたように鼻の頭を掻いた。
それから信玄の方に向き直ると、今度は申し訳なさそうに軽く俯いた。
「御館様、お迎えに上がりました。勝手なことをして申し訳ありません…」
「いや、よくやってくれた、幸。礼を言う」
「御館様…」
信玄の短い言葉の中にも、幸村を見つめる瞳にも、ゆるぎない信頼が込められているのが、竜昌にはわかった。
「あいつらはどうした?」
「何人か取り押さえて、吐かせました。やはり此度の騒動は、顕如勢が織田軍・武田軍になりすまし、両軍に戦をけしかけることで、兵力を削ぐ作戦だったようです」
「…やはりな」
顕如の名を聞いた信玄は、苦しそうに眉を顰めた。
「さらにそのどさくさに紛れて、御館様と藤生殿、ともに討ち取ろうと、あの場に兵を潜ませていたようです」
ということは、二人の部隊が出会ったのは偶然ではなく、元からそう画策されていたらしい。
信玄はそこが解せなかった。