第17章 【信玄編・後編】※R18※
「いえ…」
竜昌は首を振った。
「…その怪我で、戦うおつもりですか?」
竜昌は、ついさっきまで寝ていたとは思えない機敏な動作で跳ね起きると、戸口に立つ信玄の脇をすりぬけ、小屋の外に出た。
「私が、貴方をお守りいたします」
「!」
何か言いかけた信玄を遮るように、竜昌は刀を抜いた。
朝日を反射した刀身が、きらりと輝く。
竜昌の眼は、強い信念と、静かな闘志に満ち、まだ西の空に残る明けの明星のようにキラキラと輝いていた。
信玄は、その竜昌の姿を見て、言いかけた言葉を呑み込んだ。
そのかわりに、片手を竜昌のほうに差し伸べ、にこりと笑った。いつもの余裕たっぷりの信玄の笑顔だった。
「では、共に」
竜昌は一瞬、息を呑んだが、ふわりと笑い返しながら、左手を伸ばし、信玄の手を取った。
「…はい」
その時、二人の耳に鳶の鳴き声が届いた。
ピィーヒョロロロロ…
竜昌が驚いたように空を見上げる。
風のないこの朝凪の時間に、鳶が空を舞うことはほとんどない。
竜昌は、その声のした方向を探るように首を巡らせながら、抜いた刀を再び鞘に納めた。
「どうした?」
竜昌は唇に指をあて、信玄に黙るように促しながら、小さく頷いた。しかしその顔からは怪訝な表情が消えない。
何度かの鳴き声のあと、竜昌は信玄の顔を見ながら、首をひねった。
「?」
その時、近くでキイイィー!と甲高い鳥の声がした。鳶とは違う、巣に近づく敵を威嚇する、山鳥の声だ。
しばらくすると、声のした方角から、ぞろぞろと馬や兵士たちの一群が現れた。
驚いたことに、兵たちの持つ旗印には、織田、藤生、武田、真田、すべての紋が入り混じっていた。
「御館様ー!!」
「…幸!?」
赤い鎧を着た馬上の若武者が、信玄のほうに向かって大きく手を振る。
「兵吾!」
背の小さな初老の歩兵が、竜昌に駆け寄った。
「無事だったのね!?」
「はい、竜昌様もご無事で」