第17章 【信玄編・後編】※R18※
「安土に来たのは、敵情視察…といえば格好もつくんだが、その実は病の療養でね」
「…」
「君も聞いたことがあるかもしれないが、俺は肺病を患っている。今までに何度も三途の川を渡りかけた。一時は死んだという噂まで流れたそうだが───地獄の閻魔によっぽど嫌われたのか、今でもこうして図々しく生きながらえている」
竜昌は、自らが十四のときに、肺病であっけなく死んだ父親を思い出していた。
それと同時に、いつか安土の路地裏で見た、苦しそうに肩で息をする信玄の姿を思い出し、竜昌の胸がきゅうと絞られたように痛んだ。
「俺たちは信長に国を追われ、春日山に世話になっている身だ。それなのに病のために家来たちを置いていくようなことは、できればしたくなかったが…その時 聞いたんだ『安土には見眼麗しい女武将がいる』とね」
そのときの会話を懐かしむ信玄の顔は優しかった。
「奴はそう言えば、俺が興味を引いてくれるかもしれないと思ったんだろうな。気を遣わせてしまって申し訳ないと思ったよ。だから乗せられたフリをして、安土に行くことに決めたんだ」
「…」
「もちろん女だということを除いても、俺は君に興味があった。俺と同じ、信長に攻め滅ぼされた国の主として。なのに君は信長の配下につき、俺は今もこうして奴への恨みを糧に、細々と生き抜いている。その違いが何なのか…」
そこで言葉を切り、信玄は突然 にかっと悪戯っぽく笑った。
「そういえば君は、自分が『女謙信』と呼ばれているのを知っているか?」
「え!?」
唐突な信玄の言葉に目を白黒させる竜昌。
越後の龍・上杉謙信と言えば、軍神と呼ばれ恐れられている武将だ。
「その様子じゃ知らないみたいだな。おそらく合戦場で君の姿を見かけた、高城か織田の兵がそう言い出したんだろうけど。言い得て妙だと思ったね」
「ちょっ…」
畏れ多い?馬鹿にするな?どう反応していいかわからずにうろたえる竜昌を見て、信玄は愛しそうに目を細めた。
しかし竜昌は、すっかり相手の調子に乗せられていることに途中で気付き、きゅっと唇を引き結んで刀を握り直した。